その物件案内を水谷様がご覧になっている間、ぱっと見は澄まし顔をしているはずの私は、内心では胃を吐きそうな位に緊張していた。

 私が水谷様にご紹介したのは全部で2件。1つは練馬区にある60平方メートルの2LDKの駅近物件。もう1つは例の番町の物件だ。
 練馬区の物件の方は、水谷様が前回ご希望されたものに近い条件で、駅近だ。都心6区では無いものの、昔から閑静な住宅地として人気の地域の駅近物件のため、大きな値崩れはおこりにくい。
 2件目の番町は、言わずもがなで資産性は間違いない。

 ちなみに、今回の紹介物件を2件に搾ったのにも訳がある。桜木さんからアドバイスされたのだ。

 人は選択肢が多すぎると目移りしてしまい、1つになかなか決められなくなる。それぞれ特徴の違う選択肢を3つ以内に抑えて提案することで、お客様にとって選びやすい環境を整えるのだという。そのかわり、提案する3つはお客様にとって最もよいと思われるものを慎重に吟味してご提案する。言われてみれば、私が今住むマンションを選ぶときも桜木さんは3つしか紹介しなかった。

 そのため、私は今回、前回の水谷様の探した条件と近い中で最もお勧めだと思うマンションと、全くタイプの違う番町の物件の2つの物件しか案内しなかった。

 この2件については、事前にメールで情報を送り、お電話でも説明している。そして今日はそれぞれの利点について顔を合わせて説明した。もし、水谷様が興味が無いと言えばすぐに引き下がるつもりだが、全くタイプの違う2つを提案するのは否が応でも緊張した。

「じゃあ、せっかくだから両方見てみようかしら」

 物件案内から顔を上げた水谷様は、私の顔を見るとにこっと笑った。その表情を見て、私は心底ホッとした。


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 最終的に水谷様が決めたのは、番町の物件だった。
 マンションの素晴らしさもさることながら、大手町への通勤のしやすさと、これまでの不動産価格の実績からみた資産性の高さが彼女を後押しした。優秀なビジネスマンでもある水谷様にとって、客観的な分析データは何よりも説得力があったようだ。

 正式な不動産売買の契約は日を改めて行われる。
 私はこの日を迎えるに当たって、やっぱり辞めるとかでキャンセルされないかと、それはそれは心配でならなかった。

「こんにちは、藤堂さん」
「ようこそいらっしゃいました。水谷様」

 当日、約束の時間にイマディール不動産のオフィスに現れた水谷様を見て、心底ホッとした。私は水谷様を接客室にお通しすると、すぐに上司の板沢さんを呼びに行った。

 売買契約を結ぶに当たっては、それに先立ち重要事項説明というものを行う必要がある。これは、宅地建物取引士が買い主に行うことを法律によって義務付けられており、登記簿に記載されている権利関係、法律に関することなど、買い主が不動産を購入するに当たって知っておくべき重要な事項を説明するのだ。
 
 私はまだ宅地建物取引士の資格を持っていないので、この説明をすることが出来ない。そのため、この説明は上司の板沢さんが行ってくれ、私は同席してそれを横で聞いていた。