「へえ、凄い! こんなに細かく確認出来るんだ」
「本当だ。凄い」

 完成して実際にホームページにはめ込まれた映像をみて、イマディール不動産の営業チームメンバーは大盛り上がりだった。

「キッチン回りは結構細かいところも入れたんだ」
「はい。料理する人は見たいかなと思って」

 隣の席で映像を確認していた綾乃さんに聞かれ、私は少しだけ微笑んで頷いた。今回の物件は85平方メートルの3LDK。購入者は恐らくファミリーだ。子供のいるファミリー層なら、きっと料理をする。だから、キッチン回りをしっかり見たいはずだと思ったのだ。

「営業チームメンバーの評判は上々だけど……。新しいお客様、来てくれるといいね」
「そうですね。それなりにお金がかかったし、効果があるといいのですね」

 私と桜木さんは目を合わせて小声で囁きあった。そう、このバーチャル内覧の撮影にはそれなりの費用がかかった。効果がないと、困ってしまうのだ。最悪、バーチャル内覧はこの1件でお終いになる可能性だってある。


 ***


 バーチャル内覧の映像を公開し始めてから3週間ほどしたある日、お客様をご案内しに行った尾根川さんに「藤堂さん!」と声を掛けられた。

「今日、例の物件にお客様をご案内して来たんだけど、即決で決まったよ。事前にあの映像見て、いいと思ってくれてたみたい」
「本当ですか?」
「うん。海外赴任から戻ってくるお客様で、あれがあったおかげで離れた場所でもイメージが分かって凄く助かったって言ってたよ。藤堂さんが言ってくれたおかげで、キッチン回りとか風呂回りもかなり細かく映像を載せたんでしょ? 奥さんの方が褒めてたよ。『ありがとうございました』って」
「よかったー!」 

 イマディール不動産に入って、私がお客様に褒められるのは初めての経験だった。前の会社でも、『窓口の方が親切でした』と褒められたことはあった。けれど、今回のように自分の仕事の結果出来上がった成果物を誰かに褒められたことは、初めてだ。まさに、社会人になってから初体験なのである。

 やったぁ! と、私の中で達成感のようなものが生まれる。今まで感じたことがないような、目の前の山を登り切ったような、或いは難しい数学の問題を解ききったような、なんともいえない満足感。

「やったじゃん」

 後ろからポンと肩を叩かれ、斜め後ろを見上げると桜木さんがこちらを見下ろしていた。私と目が合うと、桜木さんの口の端がにんまりと持ち上がる。

「ありがとうございます!」

 私もなんだかとても嬉しくなって、口の端を持ち上げた。

「今日、2人の初バーチャル内覧成果祝いで飲みに行こうよ」

 隣に座る綾乃さんは早速飲み会の計画を練り始めた。

「お前、飲んでばっかだな」

 呆れたように桜木さんが綾乃さんを見る。綾乃さんはあっけらかんと「いいじゃん。桜木も主役の1人なんだから、行くでしょ?」と言った。

「まぁ、行くけど」

 桜木さんがボソリと言うと、チームメンバーからどっと笑いが起きた。

 私は今まで、仕事はお金のためにするのものだと思っていた。けれど、初めて仕事の成果を誰かに褒められた体験は想像以上に甘美な味がした。仕事が楽しい。

──私、この会社に入ってよかったな。

 自然にそう思えて、私は口元を綻ばせた。