「カントリー風とか、シンプルモダンとか、リゾート風とか、色々あるんだけど、最初にイメージを固めた方が細部までこだわれるだろ? 特に効いてくるのが水回り。玄関と水回りがお洒落だと、内覧したお客様へ与える印象が全然違う。水回りと玄関は絶対に手を抜いちゃダメだ」

 桜木さんが次に開いたページには洗面所の写真が写っていた。確かに、洗面所がお洒落なだけでぐっと高級感が増す。これには目から鱗だった。
 例えばお風呂に関しても、だだのクリーム色のよくあるユニットバスを、1面は濃い木目調のタイプにしたり、シャワーのフックを金属のスライド式にするだけで、全く違うものに見えた。

「わあ、お洒落ですね!」

 私は思わず笑みをこぼした。
 備え付けのクローゼットの柄は木目調にしたいとか、こんな風にリノベーションしたら素敵じゃないだろうかと考えるのは、思った以上に楽しい。玄関から廊下にかけては本物の石タイルを使いたいとか、キッチンの作業台は御影石調にしたいとか。
 もちろん、デザイナーさんと話せば変更は入るし、内装工事会社の見積額を見て削るところも出るだろう。でも、その作業は私にとって、とても楽しかった。

「同じ不動産会社なのに、全然違うなぁ」
「え?」

 思わず漏らした独り言に、桜木さんが怪訝な顔をする。私は慌てて胸の前で両手を振った。

「あ、何でもないんです。ただ、前にいた不動産会社とは仕事の内容が違いすぎて」
「前の不動産会社と仕事内容が違って、がっかりした?」
「いいえ! すっごく楽しいです!!」
「そりゃあ、よかった」

 目を輝かせる私を見て、桜木さんはクスクスと楽しそうに笑う。

 前の会社で、私は賃貸住宅の仲介窓口をしていた。お客様が選んだ住宅にご案内して、気に入ってもらったらなら仮契約の手続きへ。毎日それの繰り返し。
 同じ不動産業なのに、全く違う仕事内容に驚いた。そして、それと同時に、もしあの時に桜木さんみたいにお客様のニーズを深く探るよう努力していたら、もっとよい接客になっていたのかもしれないと感じた。


 ***


 自席に戻ると、前の席に座る尾根川さんがホクホクの笑顔だった。いつも人当たりのよい笑顔を浮かべている尾根川さんだけれども、今日は特に嬉しそうだ。

「尾根川さん、機嫌いいですね?」
「まあね。栗川さんの物件が今日成約したんだ」

 尾根川はにこにこしながらそう言った。『栗川さん』と言うのは、確かイマディール不動産の神様的なお客様だと以前に綾乃さんに教えられた。

「へえ。よかったですね」
「うん、ありがとう」

 ニッと笑う尾根川さんの頬にえくぼが出来た。なんか、可愛い。新発見だ。この喜びようは、かなりの高額物件だったのかもしれない。

「今日、成約祝いに飲みに行こうか?」

 隣に座る飲み会好きな綾乃さんは、飲み会開催のいい理由が出来たとばかりに早速お店の検索を始めた。営業チーム全体に明るい雰囲気が漂う。

「藤堂さんも、もう少ししたらぼちぼちひとりで営業担当して貰うから、頑張ってね」
 
 少し離れたところに座る上司の板沢さんが、私を見て意味ありげに口の端を持ち上げた。
 ひとりで営業担当。いつまでも桜木さんにおんぶに抱っこ状態でいるわけにはいかないけれど、やっぱり緊張する。私に出来るだろうか? でも、やるしかない。

「はい、頑張ります!」

 私は片手をおでこの上にビシッとあてて、敬礼のようなポーズをとる。そんな私を見て、営業チームの面々はクスクスと楽しそうに笑った。