廊下側に座る伊藤くんの前を横切り、教室の扉に手をかける。その時だった。
「……おい」
背後からぼそりと、誰かが何かを呼ぶ声が聞こえてきた。
……私のことだろうか。いや、そんなまさか。
一瞬だけ硬直してから、きっと気のせいだと思うことにして扉を開くと今度ははっきりと「おいって言ってんだろ。無視するな」と声がした。ついでに腕も掴まれた。
「な、なに?」
「これ、面倒だからお前が考えろ」
振り返ってみると、伊藤くんは左手の人差し指でトントンと日誌を叩いていた。
内心では『手伝ってください』なんて思っているんだろうなと、見なくてもわかってしまう。答え合わせをするようにちらっと視線を頭上に合わせると、一字一句違えることなく正解だった。