境内を囲っている木々は、夏の強い日差しで短く濃い影を作っていた。
 時折油蝉の鳴く音が響くと、耳障りさに気温まで上昇していくようだ。
 辺りの掃除は行き届いて小奇麗だが、神殿は立派なものではなく古ぼけている。
 夜になれば肝試しができそうなくらい、不気味な雰囲気がする寂れたものだった。
 ユキは何かを探すように階段を上り、吸い込まれるように神殿の中に入ろうとしていた。
 その動きは夢遊病者のようだった。
「ちょっとあんた、人間はその中に入れないことになってるんだけど」
 その言葉にはっとして、ユキが振り返ると、竹箒を持った巫女がそこに居た。キイトだった。
「あっ、なんで私、ここに入ろうとしたんだろう。あの、どうもすみません」
 ユキが慌てて降りようとすると、最後の一段で足を滑らせバランスを崩して尻餅をついてしまった。
 石をよけた時と全然違ったどんくささにキイトは首を傾げる。
「あんたさ……」
 何かを言い掛けたが、その後を続けなかった。
 ユキはとても恥ずかしく、なんとか誤魔化そうと、立ち上がって何度も自分のスカートについた砂を払いながら微笑みかける。
「ここの関係者の方ですか?」
「当たり前じゃない、神の使いなんだから」
「そ、そうですよね。巫女さんですもんね」
 質問すれば答えてくれるが、どこかつっけんどんでありピリピリとしたものを感じる。
 ユキは長居は無用とばかりに、その場を去ろうとしたが、その動きはぎこちなく蟹が横歩きしているようだった。
 しかし、キイトは逃がしてはなるものかと強く睨みきった視線で釘をさす。
「あんた、一体何者なの? どこの一族?」
「えっ、一族?」
 どのように応えていいものかとユキは思案したが、無難に「春日ユキ」と自分の名前を名乗った。
「春日ユキ? 名前は普通っぽいわね。だけど一体あなたの目的はなんなの」
「えっ? 目的? 別に何も」
 自分が神社の建物に近づきすぎて泥棒とでも間違われているのだろうかと、ユキは不安を感じて急に汗が引いていく。
「あの、私は怪しいものではないです。その建物の中に入ろうとしたことは謝りますけど、なんだか自分でも頭がぼーっとしてしまって、何をやっているのかわからなかったんです。ごめんなさい」
 深く頭も一緒に下げた。
 キイトは騙されるものかと目を細めて注意深くユキを眺める。
 ユキには居心地悪く、一刻もここを去りたい。
 とにかく愛想笑いだけでも無理やり作り、そして走って逃げようとしたとき、キイトは滑るようにユキの前に立ちはだかって凄みを利かせた。
「ニシナ様をどこにやったの?」
「えっ? ニシナ様? 一体それはなんですか?」
「何、とぼけてるのよ。あんたが赤石を奪おうとしてニシナ様をどこかへ連れ去ったんでしょ」
「ちょ、ちょっと待って下さい。赤石もニシナ様というのも何のことかわかりません」
「じゃあ、なんであんた大きな黒猫の幻影を体に潜めてるのよ」
 逃げ腰だったユキの体は硬直した。
 今度はユキが質問する番だった。