6
ユキは木の幹や落ちてる枝に躓きそうになりながら、カネタから必死で逃げている。
カネタは追いかけっこを楽しむようにユキに迫り、不気味な笑みを浮かべていた。
この方向へ進めば逃げきれない。ユキはなんとかしようとくるっと振り返ってカネタに挑んだ。
それと同時にカネタも警戒してその場で立ち止まった。
焦る気持ちを落ち着かせ、こうしているうちにもしかすればトイラの意識が出てくるかもしれない。
ユキは少しでも時間を稼ぎたかった。
そのためには話し合いがいい。
もし目の前にいるのがカジビなら、仲良くしなければトイラを人間にしてくれとは頼めない。
ユキは花梨から聞いたカネタの話を元に、敵意を持つことをやめた。
できるだけ笑って話しかけた。
「あの、ちょっと待って下さい。よく考えたらなぜ追いかけっこしないといけないんでしょう? 何か誤解されてるかもしれません。私はあなたには何の感情も持ってませんし、その、もう一度話し合いませんか?」
「話し合うも何も、あんたが勝手に逃げ出したんだろう。逃げ出すってことは俺が悪者だって思ってるってことだ」
「仁から聞いたことを思い出したんです。カネタさんは人を脅かすのが好きだって。これも冗談なんでしょ」
ユキは精一杯の笑顔を向けたつもりだった。しかし実際は顔が強張って引き攣っていた。
その様子を見るや、カネタは遅すぎるとでも言いたげに、意地悪くじろりと睨み返した。
「それにしてもあんた、俺が知られてはまずいことを知っているじゃないか。このままでは俺には都合が悪い。悪いけど事が済むまで暫く眠っていてもらおうか。いや、それよりも、永遠に眠ってもらわないと後先困るか」
カネタはその瞬間、身を翻してユキの真正面へとジャンプした。
手に持っていたタオルはユキの首に瞬時に絡まり、容赦なく締め付けられる。
ユキはそれを阻止しようとタオルに手を掛けるが、苦しすぎて体に力が入らず、そのまま息の根を止められそうだった。
気が触れそうなくらいもがき、体が我慢の限界を超えていく。苦しい。
とうとう意識が遠のきつつある朦朧としているとき、カネタの手が急に緩みタオルが首から離れた。
薄っすらとしたぼやけたユキの視界に、楓太が牙をむき出しにしてカネタに攻撃をしているのが見えた。
「……楓……太」
ユキは楓太の姿を見届けると意識を失い、人形のように地面に崩れてしまった。
楓太は益々怒りを感じて唸り、激しく応戦する。
戦いは暫く続いたが、体の小さな楓太と人間離れした動きをするカネタでは、カネタの方が強かった。
息が切れかけてきた楓太は隙をつかれて、カネタに腹を蹴り上げられ、無残にも体が吹き飛んでしまった。
どさっと地面に落ちた衝撃も強く、かなりのダメージを受けてしまった。
それでもなんとかして起き上がろうとするが、よろよろ立ち上がるものの楓太もそこで力尽きてしまった。
「いい気味だ」
カネタは倒れているユキと楓太を交互に見ては、面倒臭い仕事が増えたとばかりに嫌な顔をしていた。
仕方がないと、どちらも脇に抱えて森の中へと突き進んでいく。
沼に突き当たったところで、まずは楓太をそこに放り投げた。
夏の間は水分が減少して浅くなっており、楓太は体が少し浸かっただけになっていた。
「なんだ? これじゃ水溜りじゃないか」
次にユキを沼の淵に寝かし、どう始末しようか考え込んでいた。
沼に落ちて事故死にみせかけようとしたが、その役割を充分果たしてくれるような沼ではなかった。
暫く思案していたとき、バタバタっと鳥の羽ばたきの音と共に、息をつかせて仁が走ってきた。
ユキが地面に倒れているのを見て、髪の毛が逆立つくらい仁は驚愕した。
「一体何が起こったんだ!」
ユキに近づき抱え込んで身を起こし、説明して欲しいと側にいたカネタを見上げた。
「このお嬢さんがここに倒れていたから俺もびっくりしてたとこだ」
仁はその言葉通りに受け取っていいのか、困惑の表情を見せていた。
だが、沼に楓太がゴミのように捨てられているのを見て、顔を青ざめた。
「楓太!」
呼んでも反応がない。
自分がここへ楓太の友達のキジバトに導かれて連れてこられた理由を悟ると、仁はカネタに敵意の眼差しを向けた。
「全てはカネタさんがやったことですね。一体どうしてこんなことを」
大人しいと思っていた仁の目が鋭く憎しみを含んでカネタを睨んでいた。
そうなれば、何を言ったところで騙せないと、カネタもあっさりと諦めて、仁を睥睨した。
「ジン、ばれちゃしょうがない。その子が俺が知られちゃいけないことを知ってるからだよ」
「知られちゃいけないこと?」
その時、カネタの首筋に傷があるのを見て仁ははっと気がついた。
ユキが見た映像。キイトを襲った人物。
全てが寄木細工を集めたようにピタリと符合した。
カネタがそれに違いない。
仁はユキを抱き上げて逃げようとしたが、そうする前にカネタは素早く仁の胸倉を掴んで持ち上げた。
「またもう一人殺さないといけなくなっちまったじゃないか。俺はジンのことは気に入ってたんだけどな。どうだ、赤石のことを俺に教えてくれないか。そしたら命は助けてやる」
ニヤリとしたカネタの笑みは嘘を平気でつける顔だった。
赤石の事を言ったとしても、命の保障など微塵も感じられなかった。
仁は何も言わず、ただ腹立たしさと悔しさで睨みつけることしかできなかった。
「……やっぱりだめか。ジンとは仲良くなれそうだったのに残念だ」
「あんたは一体何者なんだよ」
「俺は、よそ者さ。赤石の噂を聞いてそれを盗みに来たのさ。前はちょっと失敗して偽物をつかまされた。それから慎重になってチャンスを窺っていたのに、いざ奪いに行けば赤石などどこにもなかった。腹が立つから祠は壊して、そこに居たものも一緒に引き裂いてやったけどな」
ユキが見た映像の話、祠が壊されセキ爺が襲われた話、全てが一致した。
「それじゃ、キイトやセキ爺を襲ったのはカネタさんだったのか」
「ああ、あの巫女と老いぼれイノシシだろ。老いぼれイノシシの方は刃向かってきたので途中で逃げたけど、まさか巫女が生きてるとは思わなかった。かなりのダメージを与えたはずだったんだが」
カネタが偽物をつかまされたと意味してるのは白いハートの石に違いない。
仁はユキが見た映像の筋道を頭の中で整理していた。
あの白い石を本物と思わせようとキイトは先回りして、守るフリをしたに違いない。
だから、最初にキイトが石を手にした映像が現れた。
カネタはそれを赤石と思い込み、そしてキイトを斬って奪った。
キイトは負傷してしまったが、何とかして赤石を守りきった。
その後、カネタは奪った白いハートの石で力を試そうとするが、なんの効果もなくやがてそれが偽物と気がつく。
腹を立て捨ててしまうが、偶然にも瞳が拾うことになった。
白いハートの石も何らかの力があったから、ユキが石に触れたことで、あの映像を見せられた。
あの白い石は犯人を知らせようとしていたに違いない。
もっと早くカネタの首の傷に気がついていたら――。
仁は悔しくて歯をきつく噛み合わせていた。
懇親の力を振り絞り、仁は足をばたつかせてカネタの急所を狙った。
上手く蹴りが入り込み、仁のシャツを掴む手が緩んで仁は振り払った。
「くそっ、ジン」
股間を押さえて痛がっている間に、仁はユキを抱いて逃げようとした。
だがカネタには十分なダメージではなかった。怒りだけをたきつけてしまい、カネタは容赦なく仁の体を所構わず蹴りまくった。
仁はユキを庇うことに必死で、ユキの盾となり蹴られるままになっていた。
そのうち後頭部を蹴られ、目の前が真っ暗になってしまう。仁は意識を失ってユキと重なるように倒れこんだ。
「世話を焼かすんじゃない」
「そっちこそ、ふざけたまねすんじゃねぇ!」
突然怒りの声が響き渡った。
カネタが声のする方向を見れば、沼の中でトイラが立っていた。
「お前は誰だ」
「俺はトイラだ」
トイラは機敏な瞬発力でカネタめがけて飛び掛った。
ユキは木の幹や落ちてる枝に躓きそうになりながら、カネタから必死で逃げている。
カネタは追いかけっこを楽しむようにユキに迫り、不気味な笑みを浮かべていた。
この方向へ進めば逃げきれない。ユキはなんとかしようとくるっと振り返ってカネタに挑んだ。
それと同時にカネタも警戒してその場で立ち止まった。
焦る気持ちを落ち着かせ、こうしているうちにもしかすればトイラの意識が出てくるかもしれない。
ユキは少しでも時間を稼ぎたかった。
そのためには話し合いがいい。
もし目の前にいるのがカジビなら、仲良くしなければトイラを人間にしてくれとは頼めない。
ユキは花梨から聞いたカネタの話を元に、敵意を持つことをやめた。
できるだけ笑って話しかけた。
「あの、ちょっと待って下さい。よく考えたらなぜ追いかけっこしないといけないんでしょう? 何か誤解されてるかもしれません。私はあなたには何の感情も持ってませんし、その、もう一度話し合いませんか?」
「話し合うも何も、あんたが勝手に逃げ出したんだろう。逃げ出すってことは俺が悪者だって思ってるってことだ」
「仁から聞いたことを思い出したんです。カネタさんは人を脅かすのが好きだって。これも冗談なんでしょ」
ユキは精一杯の笑顔を向けたつもりだった。しかし実際は顔が強張って引き攣っていた。
その様子を見るや、カネタは遅すぎるとでも言いたげに、意地悪くじろりと睨み返した。
「それにしてもあんた、俺が知られてはまずいことを知っているじゃないか。このままでは俺には都合が悪い。悪いけど事が済むまで暫く眠っていてもらおうか。いや、それよりも、永遠に眠ってもらわないと後先困るか」
カネタはその瞬間、身を翻してユキの真正面へとジャンプした。
手に持っていたタオルはユキの首に瞬時に絡まり、容赦なく締め付けられる。
ユキはそれを阻止しようとタオルに手を掛けるが、苦しすぎて体に力が入らず、そのまま息の根を止められそうだった。
気が触れそうなくらいもがき、体が我慢の限界を超えていく。苦しい。
とうとう意識が遠のきつつある朦朧としているとき、カネタの手が急に緩みタオルが首から離れた。
薄っすらとしたぼやけたユキの視界に、楓太が牙をむき出しにしてカネタに攻撃をしているのが見えた。
「……楓……太」
ユキは楓太の姿を見届けると意識を失い、人形のように地面に崩れてしまった。
楓太は益々怒りを感じて唸り、激しく応戦する。
戦いは暫く続いたが、体の小さな楓太と人間離れした動きをするカネタでは、カネタの方が強かった。
息が切れかけてきた楓太は隙をつかれて、カネタに腹を蹴り上げられ、無残にも体が吹き飛んでしまった。
どさっと地面に落ちた衝撃も強く、かなりのダメージを受けてしまった。
それでもなんとかして起き上がろうとするが、よろよろ立ち上がるものの楓太もそこで力尽きてしまった。
「いい気味だ」
カネタは倒れているユキと楓太を交互に見ては、面倒臭い仕事が増えたとばかりに嫌な顔をしていた。
仕方がないと、どちらも脇に抱えて森の中へと突き進んでいく。
沼に突き当たったところで、まずは楓太をそこに放り投げた。
夏の間は水分が減少して浅くなっており、楓太は体が少し浸かっただけになっていた。
「なんだ? これじゃ水溜りじゃないか」
次にユキを沼の淵に寝かし、どう始末しようか考え込んでいた。
沼に落ちて事故死にみせかけようとしたが、その役割を充分果たしてくれるような沼ではなかった。
暫く思案していたとき、バタバタっと鳥の羽ばたきの音と共に、息をつかせて仁が走ってきた。
ユキが地面に倒れているのを見て、髪の毛が逆立つくらい仁は驚愕した。
「一体何が起こったんだ!」
ユキに近づき抱え込んで身を起こし、説明して欲しいと側にいたカネタを見上げた。
「このお嬢さんがここに倒れていたから俺もびっくりしてたとこだ」
仁はその言葉通りに受け取っていいのか、困惑の表情を見せていた。
だが、沼に楓太がゴミのように捨てられているのを見て、顔を青ざめた。
「楓太!」
呼んでも反応がない。
自分がここへ楓太の友達のキジバトに導かれて連れてこられた理由を悟ると、仁はカネタに敵意の眼差しを向けた。
「全てはカネタさんがやったことですね。一体どうしてこんなことを」
大人しいと思っていた仁の目が鋭く憎しみを含んでカネタを睨んでいた。
そうなれば、何を言ったところで騙せないと、カネタもあっさりと諦めて、仁を睥睨した。
「ジン、ばれちゃしょうがない。その子が俺が知られちゃいけないことを知ってるからだよ」
「知られちゃいけないこと?」
その時、カネタの首筋に傷があるのを見て仁ははっと気がついた。
ユキが見た映像。キイトを襲った人物。
全てが寄木細工を集めたようにピタリと符合した。
カネタがそれに違いない。
仁はユキを抱き上げて逃げようとしたが、そうする前にカネタは素早く仁の胸倉を掴んで持ち上げた。
「またもう一人殺さないといけなくなっちまったじゃないか。俺はジンのことは気に入ってたんだけどな。どうだ、赤石のことを俺に教えてくれないか。そしたら命は助けてやる」
ニヤリとしたカネタの笑みは嘘を平気でつける顔だった。
赤石の事を言ったとしても、命の保障など微塵も感じられなかった。
仁は何も言わず、ただ腹立たしさと悔しさで睨みつけることしかできなかった。
「……やっぱりだめか。ジンとは仲良くなれそうだったのに残念だ」
「あんたは一体何者なんだよ」
「俺は、よそ者さ。赤石の噂を聞いてそれを盗みに来たのさ。前はちょっと失敗して偽物をつかまされた。それから慎重になってチャンスを窺っていたのに、いざ奪いに行けば赤石などどこにもなかった。腹が立つから祠は壊して、そこに居たものも一緒に引き裂いてやったけどな」
ユキが見た映像の話、祠が壊されセキ爺が襲われた話、全てが一致した。
「それじゃ、キイトやセキ爺を襲ったのはカネタさんだったのか」
「ああ、あの巫女と老いぼれイノシシだろ。老いぼれイノシシの方は刃向かってきたので途中で逃げたけど、まさか巫女が生きてるとは思わなかった。かなりのダメージを与えたはずだったんだが」
カネタが偽物をつかまされたと意味してるのは白いハートの石に違いない。
仁はユキが見た映像の筋道を頭の中で整理していた。
あの白い石を本物と思わせようとキイトは先回りして、守るフリをしたに違いない。
だから、最初にキイトが石を手にした映像が現れた。
カネタはそれを赤石と思い込み、そしてキイトを斬って奪った。
キイトは負傷してしまったが、何とかして赤石を守りきった。
その後、カネタは奪った白いハートの石で力を試そうとするが、なんの効果もなくやがてそれが偽物と気がつく。
腹を立て捨ててしまうが、偶然にも瞳が拾うことになった。
白いハートの石も何らかの力があったから、ユキが石に触れたことで、あの映像を見せられた。
あの白い石は犯人を知らせようとしていたに違いない。
もっと早くカネタの首の傷に気がついていたら――。
仁は悔しくて歯をきつく噛み合わせていた。
懇親の力を振り絞り、仁は足をばたつかせてカネタの急所を狙った。
上手く蹴りが入り込み、仁のシャツを掴む手が緩んで仁は振り払った。
「くそっ、ジン」
股間を押さえて痛がっている間に、仁はユキを抱いて逃げようとした。
だがカネタには十分なダメージではなかった。怒りだけをたきつけてしまい、カネタは容赦なく仁の体を所構わず蹴りまくった。
仁はユキを庇うことに必死で、ユキの盾となり蹴られるままになっていた。
そのうち後頭部を蹴られ、目の前が真っ暗になってしまう。仁は意識を失ってユキと重なるように倒れこんだ。
「世話を焼かすんじゃない」
「そっちこそ、ふざけたまねすんじゃねぇ!」
突然怒りの声が響き渡った。
カネタが声のする方向を見れば、沼の中でトイラが立っていた。
「お前は誰だ」
「俺はトイラだ」
トイラは機敏な瞬発力でカネタめがけて飛び掛った。