10
仁が推測したように、十分後には車が家の側で停まった気配がした。
仁とユキは玄関に向かい、靴を履いて素早く外に出ると、ちょうど花梨が適当な所に駐車した車のドアを開けて出てくるところだった。
花梨は風呂敷に包んだ何かを抱えている。それが多分赤石に違いない。
玄関先で仁とユキは、ゆっくりとこちらに向かってくる花梨を不安な面持ちで見ていた。
花梨も警戒して、顔が強張っていた。
仁が声を掛けようと口を開こうとしたその時、素早い動きでキイトが降って湧いたように花梨の前に立ちふさがった。
仁もユキも突然のことにただ驚く。
「花梨、それを渡して貰おうか」
キイトが恐ろしい形相で花梨を睨みつけた。
「新田さん、これはどういうことですか。最初からこうなるように私を騙してここに来るように誘い込んだのですか?」
花梨はキイトを恐れ後ずさる。まるで裏切られたとでも言うように失望した目を仁に向けた。
呼び出した仁ですらこの状況がはっきりと把握していない。
不穏な空気に包まれ仁もただ困惑していた。
「騙してなんかいません。僕はただ赤石を守ろうとしただけです。まさかキイトがここで待ち伏せしてるなんて思わなかったんだ」
「仁の言う通りだ。私はただ仁がどうするのか様子を見てただけだ。真相を知った私の後をつけてこなかったので、ここに花梨を呼び寄せたと思って待っていた のさ。さあ、花梨、赤石を渡してもらおうか。人間が欲望のためにそれを持つと死を持って償わねばならないということを知っているだろう」
キイトに責められ、花梨は膝を地面について崩れてしまった。絶体絶命に呆然となった。
「キイト、待つんじゃ!」
そこに突然セキ爺が現れた。庇って花梨の前に立つ。
キジバトがキイトに連絡をしてきたのを見ていて、気になってセキ爺も黙ってここに来て様子を見ていた。
「これは全て私が仕組んだことだ。花梨は何も悪くない。殺すならわしを殺してくれ。わしは赤石を手にして力を得て山神になろうとしたんだ。全てはわしが企んだことだ」
仁もユキもこの結末に驚いた。赤石を盗んだ犯人はセキ爺――。
「そうだと思った。赤石が花梨の家にあると聞いて、犯人はすぐにセキ爺だと私も分かったところだった。赤石を盗んで花梨に預けていたんだな。そして、私をあの時殺そうとしたのもセキ爺だな」
セキ爺は罪を認めたが、最後のキイトの言葉で疑問符を頭に浮かべていた。
「キイトを殺そうとした? どういう意味だ? わしは赤石を奪っただけだが……」
「ええい、問答無用」
キイトが飛び掛ろうとしたとき、今度は花梨がセキ爺を庇う。
「キイト、聞いて。父は悪くないの。悪いのは全て私。私がニシナ様から赤石を盗んだの。父は私を庇おうと嘘を言ってるだけ」
「花梨、何を言うんじゃ。お前は黙っとれ」
「お父さんもういいの。私が全て悪いの」
お父さん? 仁もユキもお互い顔を見合わせた。
話がまたややこしくなっている。ユキはそれを纏めるように前にでた。
「ちょっと待ってくれない? 話が二転三転してるんだけど、私達にも分かるように話して。今、お父さんって言ったけど、花梨さんのお父さんはセキ爺なの?」
「はいそうです。私もかつては特別な力を持つイノシシでした。でも人間と結婚したために、自らその力を捨てたのです」
花梨の事情を知って、仁とユキは驚きを隠せない。
「それじゃなぜ、赤石を盗まなければならなかったの?」
ユキは一つ一つ謎を解こうとした。
「嫁ぎ先の八十鳩家は山神様の世話するために選ばれた家系ですが、歴史を遡れば、私のように特別な力を捨てたもの達が人間として生きる道を選んだのがきっ かけでできた家系でした。私もその血を引くものと接しているうちに、徳一郎と恋に落ちてしまい結婚しました。そしてすぐに瞳を授かったのですが、家系を守 るためには男児が必要で、その後中々二人目を授かれずに悩んでおりました。このままでは年を取って子供が産めなくなってしまう。つい焦って藁をも掴む状態 で赤石の力を借りようとしたのです」
「なるほど」
その理由を聞いて仁は花梨の悩みの大きさに気がつく。
「父はそのことに気づいていながら、見てみぬふりをしてくれました。父にしても娘かわいさからそのような行動に出てしまったのです。男児が生まれたらすぐ に返すつもりでいましたが、赤石を手にしたら急に怖くなってしまい、このままずっと手元に置いておくのも気が憚られ葛藤する毎日でした。何度も返 しに行こうと思いながらずるずると時間だけが経っていったのです」
八十鳩家を訪れた夜、庭先の祠の前で立っていた花梨の姿を仁は思い出していた。
あの時、悩んだ末に返そうとして、取り出そうとしていたのかもしれない。
楓太がヒントを仄めかしたせいで、事がややこしくなってしまったのなら、楓太の助けを借りようとした仁とユキにも責任があるように思えた。
「キイト、理由が理由だし、ここは穏便にすませられないだろうか」
仁はつい口を挟んでしまった。
キイトは躊躇する。冷静さを保とうと声を落とし、もっと詳しい真相を探るために更に質問をする。
「それじゃ、祠を壊したのはセキ爺の自演なのか?」
「それも儂ではない。突然、ニシナ様が満月の夜の儀式から戻ってこなくなったんじゃ。その後、わしは心配してニシナ様を探そうと洞窟に入れば、何者かがす でに祠を壊しておった。その壊れた祠をびっくりして見ていたとき、本当に後ろから誰かに襲われてしまったんじゃ。それを利用して赤石を盗った罪もなすりつ けた。だが、祠を壊した犯人は誰だとなったとき、悪い噂がちょうど流れていたカジビかもしれないと思ってしまった」
キイトの体が震えていた。
キイトが言葉に詰まっている間、ユキが話を纏めようとした。
「そうしたら、この事件は複雑に二つの事が重なってややこしくなっていたということね。それじゃ私に術をかけた葉っぱを送って、トイラを人間にしてやるからカジビを探すのを手伝って欲しいっていったのは誰なの?」
「それはわしじゃ」
セキ爺はすまなさそうにユキを見つめた。
「花梨が赤石を持っている以上、うまく事件と絡ませて花梨に罪が掛からないようにしようと、真相を誰よりも早く知る必要があったんじゃ。祠を壊した犯人が 本当にカジビなら、何もかもカジビのせいにできるかもしれないと思ってしまった。だから一刻も早く自分の手でカジビを見つけたかった。そうすればどさくさ に紛れて赤石を彼に忍ばせる事ができると思った。その手伝いを頼めるのに最も都合のいい存在があんたらじゃった。それと実はもう一つ理由がある。トイラを 人間にすることも考えていたんじゃ。そうすればトイラはユキと自然にくっついて、仁はユキのことを完全に諦められるんじゃないかと思ってのう。そうなれば 孫の瞳のことを考えてくれるかもしれない。つい孫を思うがあまりの思いと、花梨が男児を産めないことへの婿取りの予防線もはってしまった」
この事件の真相に、仁もユキも呆れ返ってしまった。
やはり身勝手だったとセキ爺は深く反省して、その場で土下座をした。
「あんたたちを巻き込んでしまって本当にすまないと思っておる。申し訳ない」
花梨も隣に座って一緒になって頭を下げていた。
二人から土下座されると仁もユキももう何も言えなくなっていた。
その間にキイトは花梨に近づき、素早く赤石を奪った。
風呂敷を取り除き、陽に照らされる真っ赤な輝きを悲哀に見つめ、目を潤わせていた。
「キイト、処分するなら、わしを処分してくれ。花梨だけは許して欲しい」
「お父さん、私が悪いの。もうやめて」
キイトは鋭い目でセキ爺を睨みつけた。
「セキ爺、もう一度聞くが、私を過去に襲ったことはないのだな」
「もちろんそれはない。キイトと喧嘩したこともなかったではないか。なぜそのようなことを訊くんじゃ? 儂にはさっぱり理解できないんじゃが」
セキ爺は本当にわからないという目で、キイトを見つめた。その眼差しに嘘偽りは全く感じられなかった。
その時ユキは自分が見た映像のことを思い出した。
キイトがもしそのことを話しているというのなら、襲った相手はセキ爺ではない。
だが、キイトがなぜそのようなことを訊くのか、まるでキイトは自分が誰に切られたか分かってないようだった。
「ねぇ、キイト。さっきからセキ爺が襲ったかって訊いてるけど、もしかして私が見た映像と何か関係があるの? もしそうだとしたら、キイトを襲った相手はセキ爺とは似ても似つかない人だったんだけど」
キイトはユキを振り返る。
ユキはドキッとした。キイトの目には涙が一杯溜まっている。
「キイト、一体どうしたの? キイトの目的って、自分を襲った人を探しているってことなの? でもその様子じゃ、キイトは誰に襲われたか全く覚えてないって感じだけど、もしかして襲われたときのショックで記憶障害を起こしているんじゃないの?」
キイトは赤石を持つ手に力を入れた。
仁が推測したように、十分後には車が家の側で停まった気配がした。
仁とユキは玄関に向かい、靴を履いて素早く外に出ると、ちょうど花梨が適当な所に駐車した車のドアを開けて出てくるところだった。
花梨は風呂敷に包んだ何かを抱えている。それが多分赤石に違いない。
玄関先で仁とユキは、ゆっくりとこちらに向かってくる花梨を不安な面持ちで見ていた。
花梨も警戒して、顔が強張っていた。
仁が声を掛けようと口を開こうとしたその時、素早い動きでキイトが降って湧いたように花梨の前に立ちふさがった。
仁もユキも突然のことにただ驚く。
「花梨、それを渡して貰おうか」
キイトが恐ろしい形相で花梨を睨みつけた。
「新田さん、これはどういうことですか。最初からこうなるように私を騙してここに来るように誘い込んだのですか?」
花梨はキイトを恐れ後ずさる。まるで裏切られたとでも言うように失望した目を仁に向けた。
呼び出した仁ですらこの状況がはっきりと把握していない。
不穏な空気に包まれ仁もただ困惑していた。
「騙してなんかいません。僕はただ赤石を守ろうとしただけです。まさかキイトがここで待ち伏せしてるなんて思わなかったんだ」
「仁の言う通りだ。私はただ仁がどうするのか様子を見てただけだ。真相を知った私の後をつけてこなかったので、ここに花梨を呼び寄せたと思って待っていた のさ。さあ、花梨、赤石を渡してもらおうか。人間が欲望のためにそれを持つと死を持って償わねばならないということを知っているだろう」
キイトに責められ、花梨は膝を地面について崩れてしまった。絶体絶命に呆然となった。
「キイト、待つんじゃ!」
そこに突然セキ爺が現れた。庇って花梨の前に立つ。
キジバトがキイトに連絡をしてきたのを見ていて、気になってセキ爺も黙ってここに来て様子を見ていた。
「これは全て私が仕組んだことだ。花梨は何も悪くない。殺すならわしを殺してくれ。わしは赤石を手にして力を得て山神になろうとしたんだ。全てはわしが企んだことだ」
仁もユキもこの結末に驚いた。赤石を盗んだ犯人はセキ爺――。
「そうだと思った。赤石が花梨の家にあると聞いて、犯人はすぐにセキ爺だと私も分かったところだった。赤石を盗んで花梨に預けていたんだな。そして、私をあの時殺そうとしたのもセキ爺だな」
セキ爺は罪を認めたが、最後のキイトの言葉で疑問符を頭に浮かべていた。
「キイトを殺そうとした? どういう意味だ? わしは赤石を奪っただけだが……」
「ええい、問答無用」
キイトが飛び掛ろうとしたとき、今度は花梨がセキ爺を庇う。
「キイト、聞いて。父は悪くないの。悪いのは全て私。私がニシナ様から赤石を盗んだの。父は私を庇おうと嘘を言ってるだけ」
「花梨、何を言うんじゃ。お前は黙っとれ」
「お父さんもういいの。私が全て悪いの」
お父さん? 仁もユキもお互い顔を見合わせた。
話がまたややこしくなっている。ユキはそれを纏めるように前にでた。
「ちょっと待ってくれない? 話が二転三転してるんだけど、私達にも分かるように話して。今、お父さんって言ったけど、花梨さんのお父さんはセキ爺なの?」
「はいそうです。私もかつては特別な力を持つイノシシでした。でも人間と結婚したために、自らその力を捨てたのです」
花梨の事情を知って、仁とユキは驚きを隠せない。
「それじゃなぜ、赤石を盗まなければならなかったの?」
ユキは一つ一つ謎を解こうとした。
「嫁ぎ先の八十鳩家は山神様の世話するために選ばれた家系ですが、歴史を遡れば、私のように特別な力を捨てたもの達が人間として生きる道を選んだのがきっ かけでできた家系でした。私もその血を引くものと接しているうちに、徳一郎と恋に落ちてしまい結婚しました。そしてすぐに瞳を授かったのですが、家系を守 るためには男児が必要で、その後中々二人目を授かれずに悩んでおりました。このままでは年を取って子供が産めなくなってしまう。つい焦って藁をも掴む状態 で赤石の力を借りようとしたのです」
「なるほど」
その理由を聞いて仁は花梨の悩みの大きさに気がつく。
「父はそのことに気づいていながら、見てみぬふりをしてくれました。父にしても娘かわいさからそのような行動に出てしまったのです。男児が生まれたらすぐ に返すつもりでいましたが、赤石を手にしたら急に怖くなってしまい、このままずっと手元に置いておくのも気が憚られ葛藤する毎日でした。何度も返 しに行こうと思いながらずるずると時間だけが経っていったのです」
八十鳩家を訪れた夜、庭先の祠の前で立っていた花梨の姿を仁は思い出していた。
あの時、悩んだ末に返そうとして、取り出そうとしていたのかもしれない。
楓太がヒントを仄めかしたせいで、事がややこしくなってしまったのなら、楓太の助けを借りようとした仁とユキにも責任があるように思えた。
「キイト、理由が理由だし、ここは穏便にすませられないだろうか」
仁はつい口を挟んでしまった。
キイトは躊躇する。冷静さを保とうと声を落とし、もっと詳しい真相を探るために更に質問をする。
「それじゃ、祠を壊したのはセキ爺の自演なのか?」
「それも儂ではない。突然、ニシナ様が満月の夜の儀式から戻ってこなくなったんじゃ。その後、わしは心配してニシナ様を探そうと洞窟に入れば、何者かがす でに祠を壊しておった。その壊れた祠をびっくりして見ていたとき、本当に後ろから誰かに襲われてしまったんじゃ。それを利用して赤石を盗った罪もなすりつ けた。だが、祠を壊した犯人は誰だとなったとき、悪い噂がちょうど流れていたカジビかもしれないと思ってしまった」
キイトの体が震えていた。
キイトが言葉に詰まっている間、ユキが話を纏めようとした。
「そうしたら、この事件は複雑に二つの事が重なってややこしくなっていたということね。それじゃ私に術をかけた葉っぱを送って、トイラを人間にしてやるからカジビを探すのを手伝って欲しいっていったのは誰なの?」
「それはわしじゃ」
セキ爺はすまなさそうにユキを見つめた。
「花梨が赤石を持っている以上、うまく事件と絡ませて花梨に罪が掛からないようにしようと、真相を誰よりも早く知る必要があったんじゃ。祠を壊した犯人が 本当にカジビなら、何もかもカジビのせいにできるかもしれないと思ってしまった。だから一刻も早く自分の手でカジビを見つけたかった。そうすればどさくさ に紛れて赤石を彼に忍ばせる事ができると思った。その手伝いを頼めるのに最も都合のいい存在があんたらじゃった。それと実はもう一つ理由がある。トイラを 人間にすることも考えていたんじゃ。そうすればトイラはユキと自然にくっついて、仁はユキのことを完全に諦められるんじゃないかと思ってのう。そうなれば 孫の瞳のことを考えてくれるかもしれない。つい孫を思うがあまりの思いと、花梨が男児を産めないことへの婿取りの予防線もはってしまった」
この事件の真相に、仁もユキも呆れ返ってしまった。
やはり身勝手だったとセキ爺は深く反省して、その場で土下座をした。
「あんたたちを巻き込んでしまって本当にすまないと思っておる。申し訳ない」
花梨も隣に座って一緒になって頭を下げていた。
二人から土下座されると仁もユキももう何も言えなくなっていた。
その間にキイトは花梨に近づき、素早く赤石を奪った。
風呂敷を取り除き、陽に照らされる真っ赤な輝きを悲哀に見つめ、目を潤わせていた。
「キイト、処分するなら、わしを処分してくれ。花梨だけは許して欲しい」
「お父さん、私が悪いの。もうやめて」
キイトは鋭い目でセキ爺を睨みつけた。
「セキ爺、もう一度聞くが、私を過去に襲ったことはないのだな」
「もちろんそれはない。キイトと喧嘩したこともなかったではないか。なぜそのようなことを訊くんじゃ? 儂にはさっぱり理解できないんじゃが」
セキ爺は本当にわからないという目で、キイトを見つめた。その眼差しに嘘偽りは全く感じられなかった。
その時ユキは自分が見た映像のことを思い出した。
キイトがもしそのことを話しているというのなら、襲った相手はセキ爺ではない。
だが、キイトがなぜそのようなことを訊くのか、まるでキイトは自分が誰に切られたか分かってないようだった。
「ねぇ、キイト。さっきからセキ爺が襲ったかって訊いてるけど、もしかして私が見た映像と何か関係があるの? もしそうだとしたら、キイトを襲った相手はセキ爺とは似ても似つかない人だったんだけど」
キイトはユキを振り返る。
ユキはドキッとした。キイトの目には涙が一杯溜まっている。
「キイト、一体どうしたの? キイトの目的って、自分を襲った人を探しているってことなの? でもその様子じゃ、キイトは誰に襲われたか全く覚えてないって感じだけど、もしかして襲われたときのショックで記憶障害を起こしているんじゃないの?」
キイトは赤石を持つ手に力を入れた。