ふたりは一度家に戻り、キイトがやってくるのを待っている。
 赤石をニシナ様に返す頼まれごとを楓太にされたものの、一体どうやってあの祠から赤石を取り出せばいいのか、ジンとトイラは悩んでいた。
 明るいうちは他所様の庭に入って祠に近づくこともできず、夜の寝静まったときを狙うしかない。
 元々ニシナ様のものとはいえ、夜中にこっそり人の家に入って何かを盗るという行為はあまり頂けたものではなく、仁は他にいい方法はないものかと思案していた。
「仁ができないのなら、俺がやるよ」
 トイラはあっさりと言ってくれるが、その姿はユキだ。
 ユキにさせるのも仁は抵抗があった。
「トイラ、ユキはどうしても出てこないのか?」
「何度と俺は引っ込もうとしているんだが、ユキが出てくる気配が全くないんだ。このままユキが出てこなければ、完全に意識を支配してしまう。なんとしてでもユキの意識を引っ張り出さないと、カジビを見つける前に手遅れになってしまいそうだ」
「カジビは一体どこにいるんだ。そしてキイトやセキ爺も果たして信用置けるんだろうか。益々訳がわからなくなってくる」
 仁は頭をかかえて嘆く。
「俺たちは確実に利用されているんだろうが、それでもこんな状況だから、奴らを信じるしかないじゃないか。とにかく今はキイトの助けが必要だ」
「ああ、ヤキモキするしイライラしてくる」
「仁、落ち着け。今できる事をとにかくしよう」
「一体何をすればいいんだよ」
「まずは腹ごしらえだ。朝食食べてたら、キイトもそのうちくるさ」
 トイラはキッチンに向かう。 
「勝手に食べていいのかな」
 仁はそう言いながら、冷蔵庫を開けていた。
 ふたりが食事をしていると、ドアベルが鳴り響いた。
 仁もトイラも食べ物で口がほお張ったまま顔を見合わせ、慌てて飲み込むと大急ぎで玄関に向かった。
 玄関の扉を開けたとき、キイトが巫女の姿で凛と立っていた。
 その姿を見るとふたりは素直に喜んだ。
「おいおい、すごい歓迎振りだな。そんなに私に会いたかったのか」
「ああ、会いたかったぜ、キイト。ほら早く上がれ」
「その言い方はトイラだな」
 キイトは草履を脱いで上がりこんだ。
「今まで一体どこにいたんだい? そっちは何か発展があった?」
 仁は戸棚を開けて何かお菓子はないかと探しながら声を掛けた。
「ニシナ様の祠をセキ爺と修復していた。事件のことはまだ極秘だから二人で直すしかなかったんだ。もちろん、合間を縫ってはカジビや赤石の情報も調べていたけど、なかなか思うようには運ばなかった。そっちは何か進展はあったのか?」
「ああ、進展もあったし、問題も起こった。何もかも話す前に、助けて欲しい事がある。まずは俺を見てくれ」
 ユキの姿のトイラがキイトの前に立った。
「ユキがどうかしたのか?」
「違う、中だ、中。ユキの意識が出てこなくなっちまったんだよ。それで困っている」
「トイラがとうとう支配してしまったのか?」
 キイトは難しい顔をしてみていた。
「厳密にはそうなりつつあるんだが、まだ完全にそうはなってないと思うんだ。キイト、なんとかユキの意識を外に引っ張れないか」
「うーん、できないこともない。でもそれは応急処置にしかすぎないけど、それでもいいのか? ほんとに気休め程度だけど」
「それでもいい。カジビを見つけ出すまではなんとか持ちこたえなければならない。頼む助けてくれ」
「分かった。それなら神社に行こう。あそこなら材料が揃う」
 トイラは藁をも掴む思いでキイトに頼る。
 仁もハラハラしながら見守っていた。

 日差しが強く、日向で立っていると暑さが肌を突き刺すようだった。油蝉は相変わらず喧しく鳴いている。
 神社の境内でキイトは忙しく葉っぱや小枝を集めて動き回っていた。
 それらを地面に落とし、石と石を擦り合わせて火を起こした。
 火は瞬く間に小枝と葉っぱを燃やしていく。
 こんなところで焚き火をしていいのだろうかと、仁は不安になりながらも何も言わずただ黙って見ていた。
 トイラはユキの意識を引っ張り出すことだけを考え、真剣な目つきで火を見つめている。
 キイトはどこから取り出したのか、特別な粉を掴みそれを火にぶつけた。
 火は一度大きくスパークしてから一瞬のうちに消えたが、白煙が立ち上っていくと同時に異臭が立ち込めた。
「トイラ、その煙を吸い込め」
 トイラは顔を近づけ、キイトに言われるままその煙を吸い込むが、恐ろしいほどの咳が出てむせ返っていた。
 中身はトイラだが、ユキが苦しそうに咳き込んでいる姿は仁を不安にさせた。
「キイト、ほんとにこれで大丈夫なの?」
 仁はユキの体を支え、不安な表情をキイトに向けた。
「多分、大丈夫だと思う……」
「えっ! 多分って、ちょっと」
 仁はユキの背中を何度もさすっていた。
「何だ、この煙、ゴホッ、く、苦しい」
 トイラの意識も、この煙には耐えられず、体を屈めて煙から遠ざかり、苦しさのあまり転んで尻餅をついていた。
「大丈夫か?」
 仁の問いかけに首を横に振る。体の中のものが飛び出しそうなくらい恐ろしい咳を何度も出していた。
 やがて咳が収まって落ち着き出した。
「ん? ここはどこ? 一体どうなってるの? なんで昼間?」
「ユキ! ユキなのか」
「ええ、そうだけど、これはどういうこと?」
 仁は前夜からユキの意識が戻らなかったことを説明した。ユキはちんぷんかんぷんですぐには状況を飲み込めなかった。
「なんとか、上手くいったみたいだな。これは咳をすることで、体の中にある気を弾みで外に出すんだ」
 キイトはほっと一息ついていた。
「ありがとう、キイト。少しは肩の荷が下りたよ」
 仁は尻餅をついていたユキを起こして、砂をはたいてやった。
「だけど、これは応急処置だからな。それでもまあ、当分はトイラもでてこれないとは思うけど、それがどれくらい続くかが正確にわからない」
「トイラが出てこれないってどういうこと?」
 ユキが聞いた。
「ユキの意識を引っ張り出してそこで暫く固定したってことだ。トイラが意識を表に出したいと思っても、この術が掛かっているときはできないんだ。だが、一定の時間が過ぎれば、また元に戻ってしまう」
「大体目安としてどれくらいもつの?」
「そうだな、半日から一日、まあ長くもったら二日ってところかな。術が切れてもトイラが踏ん張って意識を表に出さないようにすればそれだけ長く持つってことだ」
「聞いたか、トイラ。できるだけ自分の意識を外に出さないようにコントロールしてくれ」
 仁はユキの中に埋もれているトイラに忠告した。
「さて、今度はそちらの番だ。色々と聞かせてもらおうじゃないか」
 キイトの催促に仁はぐっと体に力を込めた。