5
「こんなところでどうかしたのかい?」
いきなり後ろから声を掛けられ、仁の胸はドキッと跳ね上がる。
振り返れば、さっきまで誰も居ないと思っていたのに人影が浮かび上がっていた。
「君は昼間会ったジンだろ? 一体こんな遅くにここで何をしてるんだ?」
仁はきょとんとして、その人物に近づくとそれがカネタだということがわかった。
「あっ、どうも、こんばんは」
知ってる人と分かると仁は安心した。
「おお、こんばんは」
しかし、カネタは怪しんでいる様子。
こんな夜中にうろうろしてたら誰でもそう思うだろう。
自分がここで一体何をしているのかあまり悟られたくなかったのもあったので、その後会話が続かず誤魔化すように仁はヘラヘラしだしたが、それもまた暗闇のせいでなんの効果もなかった。
カネタは好奇心から仁に質問する。
「一体どうしたというんだ? 名前を呼んでたみたいだけど、誰か人でも探しているのかい?」
「あっ、はい。その、あの、ちょっと人とはぐれてしまって……あっそうだ、カネタさんはこの辺りで自転車に乗った女の子見かけませんでしたか?」
「いや、見かけなかったけど。こんなところでデートでもしてたのか?」
「いえ、その、そういう訳じゃないんですけど。あのなんていうか、夏の自由研究の宿題で調べものをしていて」
咄嗟についた嘘だったが、最も怪しまれない真っ当ないい訳だと仁自身思っていた。
「ふーん、それで何を調べてたんだい?」
「えーと、この町に伝わる古くからの神話というのか民話みたいな話にそって、山神様について調べようとしてたんです。この辺りはそういう発祥のところだから、何か面白いものがないか探していたら、すっかり遅くなってしまって」
「そっか、それはご苦労なことで」
カネタがあっさりと信じたので、何か情報を得るためにも仁は少し突っ込んで聞いてみた。
「あっ、そうだ、カネタさんは何かそのことについてご存知なことはないですか?」
「そうだね。俺は地元の人間じゃないからそういうことはわからないな」
「それじゃ、八十鳩家は山神様に仕える家らしいんですけど、雇われてるって言われてましたが、何か特別なこととか聞かれませんでしたか?」
「いや、特別そういうことはなかったけど」
あっさりと返答するカネタ。
「そうですか」
仁は何も情報が得られないことにがっかりした。
「そっちはどれくらいの情報を集めたんだい? 俺の方が興味出てきたよ」
「僕もまだまだほんの少しなんですけど、山神様はニシナ様と呼ばれて、周りにはそれに仕える小神様たちがいて、そして赤石というのを祀っていることくらいです。一種の民話みたいな話ですけどね」
仁は自由研究の話を本物っぽくするために答えたが、実際これくらい話しても問題はないだろうと高をくくっていた。
カネタはそれをじっと聞いていた。
急にカネタが無言になってしまい、暗闇の沈黙が仁の不安を募らせる。
「カネタさん、どうかなさったんですか?」
「いや、神様の話題なだけに、あまり詳しいこと知ろうと首を突っ込むのもやばいんじゃないだろうかって急に思ってしまって。まあせいぜい祟られずに調べるんだな」
「はい。気をつけます」
「それじゃ、またな」
カネタは踵を返して去っていった。仁がその方向を見れば、周りには何もなくただ畑が茫洋な闇に飲まれて広がる。
あのままカネタが歩いても山の麓へと近づくだけで民家があるような気がしなかった。
不思議に思ったが仁はいつまでもそこに立ってるわけにもいかず、自転車に乗り、ユキを探すことにした。
仁が探しているとも知らず、トイラの意識に支配されたユキは、暗い中、セキ爺が向かった方向にひたすら自転車でこいでいた。
セキ爺の姿はとっくに闇に紛れてしまっていた。ユキの姿のままで山に入れば探すのが困難だと気がつくと、急ブレーキをかけた。
「夜にむやみに山に入るのは危険だ。今俺はユキの体だった。いざとなったとき戦うこともできない。くそっ」
また夜が明けたらくればいいとばかりにトイラは諦めて方向転換をした。
元来た道を戻ると、人影が歩いているのが見える。
体つきから男と分かったので、ユキを守るためにもトイラは無視を決め込んでペダルを力強くこいだ。
だがすれ違いざまに声を掛けられブレーキをかけてしまった。
「おい、君、もしかしてジンの友達じゃないのか」
カネタだった。
トイラは暗闇で目を凝らしじっと見つめ、直感で気に食わないものを感じ取った。
カネタもそれを感じ取り、トイラに扮するユキにいい感情を抱かなかった。投げやりにまた話しかける。
「ジンが向こうで君を探してたぞ」
「あんた誰だよ」
トイラはついぶっきら棒になってしまう。
「なんだかボーイッシュな女の子なんだね。まあいいけど。俺はカネタだ。ジンが君を探していたようだったから教えようと思って声を掛けただけさ。引き止めてすまなかったな」
嫌味っぽくいうカネタ。
暗くて顔の詳細はよく分からなかったが、仁が亀を捨てに行ったときに脅かされた奴だということにトイラは気がついた。
「なあ、あんたさ、こんな夜遅くに山に登るつもりなのか? そっちは家なんかないぜ」
見かけはユキでも中身はトイラなために、カネタにとって馬鹿にされたような気分になった。
「俺は夜行性でね。うろつきまわるのが好きなんだよ。こういう蒸し暑い夜は山の方が涼しいからね。とにかくお嬢さんこそ早く家に帰った方がいい。女の子が 真っ暗い夜道にいるなんて襲ってくれって言ってるもんだ。それとあまり山神様のことに首を突っ込まない方が身のためだ。祟りがあるかもしれないぞ」
精一杯の嫌味だった。
「どうしてそれを知ってるんだ」
「さっき仁から聞いたよ。宿題の自由研究のテーマなんだろう。もっと違うこと調べた方がいいんじゃないのか」
仁が適当に理由をつけて話した事がトイラにも理解できた。
「あんたの知ったこっちゃないさ。折角面白いもの見つけたのに、ここで止められるわけないだろ」
「面白いもの?」
「ああ、究極の探し物さ」
「さっき仁も言ってたけど、もしかして赤石でも見つけたのか?」
鼻で笑うようにカネタは言った。
「ああ、そうだ」
トイラのその言葉に、カネタの態度が突然変わったのが暗闇の中でも伝わってくる。
トイラは本能で何かを感じ取った。
「もしかしてあんたも赤石探してたのか?」
トイラが鋭く言えば、カネタはおどけるように笑った。
「まさか。そういう話は今夜初めてジンの口から知っただけだ。それでその赤石は手にしてどうするつもりだ。そんなもの持ってたら罰が当たるんじゃないのか」
「まだ手に入れた訳じゃない。ただ見つけただけだ。これからどうするか仁と相談して決めるところさ。それじゃな」
トイラは再び自転車を漕いですぐさまカネタの元から去った。
カネタは過ぎ去って行くユキのシルエットを焼き付ける思いで、細い目をきつくして見ていた。
「こんなところでどうかしたのかい?」
いきなり後ろから声を掛けられ、仁の胸はドキッと跳ね上がる。
振り返れば、さっきまで誰も居ないと思っていたのに人影が浮かび上がっていた。
「君は昼間会ったジンだろ? 一体こんな遅くにここで何をしてるんだ?」
仁はきょとんとして、その人物に近づくとそれがカネタだということがわかった。
「あっ、どうも、こんばんは」
知ってる人と分かると仁は安心した。
「おお、こんばんは」
しかし、カネタは怪しんでいる様子。
こんな夜中にうろうろしてたら誰でもそう思うだろう。
自分がここで一体何をしているのかあまり悟られたくなかったのもあったので、その後会話が続かず誤魔化すように仁はヘラヘラしだしたが、それもまた暗闇のせいでなんの効果もなかった。
カネタは好奇心から仁に質問する。
「一体どうしたというんだ? 名前を呼んでたみたいだけど、誰か人でも探しているのかい?」
「あっ、はい。その、あの、ちょっと人とはぐれてしまって……あっそうだ、カネタさんはこの辺りで自転車に乗った女の子見かけませんでしたか?」
「いや、見かけなかったけど。こんなところでデートでもしてたのか?」
「いえ、その、そういう訳じゃないんですけど。あのなんていうか、夏の自由研究の宿題で調べものをしていて」
咄嗟についた嘘だったが、最も怪しまれない真っ当ないい訳だと仁自身思っていた。
「ふーん、それで何を調べてたんだい?」
「えーと、この町に伝わる古くからの神話というのか民話みたいな話にそって、山神様について調べようとしてたんです。この辺りはそういう発祥のところだから、何か面白いものがないか探していたら、すっかり遅くなってしまって」
「そっか、それはご苦労なことで」
カネタがあっさりと信じたので、何か情報を得るためにも仁は少し突っ込んで聞いてみた。
「あっ、そうだ、カネタさんは何かそのことについてご存知なことはないですか?」
「そうだね。俺は地元の人間じゃないからそういうことはわからないな」
「それじゃ、八十鳩家は山神様に仕える家らしいんですけど、雇われてるって言われてましたが、何か特別なこととか聞かれませんでしたか?」
「いや、特別そういうことはなかったけど」
あっさりと返答するカネタ。
「そうですか」
仁は何も情報が得られないことにがっかりした。
「そっちはどれくらいの情報を集めたんだい? 俺の方が興味出てきたよ」
「僕もまだまだほんの少しなんですけど、山神様はニシナ様と呼ばれて、周りにはそれに仕える小神様たちがいて、そして赤石というのを祀っていることくらいです。一種の民話みたいな話ですけどね」
仁は自由研究の話を本物っぽくするために答えたが、実際これくらい話しても問題はないだろうと高をくくっていた。
カネタはそれをじっと聞いていた。
急にカネタが無言になってしまい、暗闇の沈黙が仁の不安を募らせる。
「カネタさん、どうかなさったんですか?」
「いや、神様の話題なだけに、あまり詳しいこと知ろうと首を突っ込むのもやばいんじゃないだろうかって急に思ってしまって。まあせいぜい祟られずに調べるんだな」
「はい。気をつけます」
「それじゃ、またな」
カネタは踵を返して去っていった。仁がその方向を見れば、周りには何もなくただ畑が茫洋な闇に飲まれて広がる。
あのままカネタが歩いても山の麓へと近づくだけで民家があるような気がしなかった。
不思議に思ったが仁はいつまでもそこに立ってるわけにもいかず、自転車に乗り、ユキを探すことにした。
仁が探しているとも知らず、トイラの意識に支配されたユキは、暗い中、セキ爺が向かった方向にひたすら自転車でこいでいた。
セキ爺の姿はとっくに闇に紛れてしまっていた。ユキの姿のままで山に入れば探すのが困難だと気がつくと、急ブレーキをかけた。
「夜にむやみに山に入るのは危険だ。今俺はユキの体だった。いざとなったとき戦うこともできない。くそっ」
また夜が明けたらくればいいとばかりにトイラは諦めて方向転換をした。
元来た道を戻ると、人影が歩いているのが見える。
体つきから男と分かったので、ユキを守るためにもトイラは無視を決め込んでペダルを力強くこいだ。
だがすれ違いざまに声を掛けられブレーキをかけてしまった。
「おい、君、もしかしてジンの友達じゃないのか」
カネタだった。
トイラは暗闇で目を凝らしじっと見つめ、直感で気に食わないものを感じ取った。
カネタもそれを感じ取り、トイラに扮するユキにいい感情を抱かなかった。投げやりにまた話しかける。
「ジンが向こうで君を探してたぞ」
「あんた誰だよ」
トイラはついぶっきら棒になってしまう。
「なんだかボーイッシュな女の子なんだね。まあいいけど。俺はカネタだ。ジンが君を探していたようだったから教えようと思って声を掛けただけさ。引き止めてすまなかったな」
嫌味っぽくいうカネタ。
暗くて顔の詳細はよく分からなかったが、仁が亀を捨てに行ったときに脅かされた奴だということにトイラは気がついた。
「なあ、あんたさ、こんな夜遅くに山に登るつもりなのか? そっちは家なんかないぜ」
見かけはユキでも中身はトイラなために、カネタにとって馬鹿にされたような気分になった。
「俺は夜行性でね。うろつきまわるのが好きなんだよ。こういう蒸し暑い夜は山の方が涼しいからね。とにかくお嬢さんこそ早く家に帰った方がいい。女の子が 真っ暗い夜道にいるなんて襲ってくれって言ってるもんだ。それとあまり山神様のことに首を突っ込まない方が身のためだ。祟りがあるかもしれないぞ」
精一杯の嫌味だった。
「どうしてそれを知ってるんだ」
「さっき仁から聞いたよ。宿題の自由研究のテーマなんだろう。もっと違うこと調べた方がいいんじゃないのか」
仁が適当に理由をつけて話した事がトイラにも理解できた。
「あんたの知ったこっちゃないさ。折角面白いもの見つけたのに、ここで止められるわけないだろ」
「面白いもの?」
「ああ、究極の探し物さ」
「さっき仁も言ってたけど、もしかして赤石でも見つけたのか?」
鼻で笑うようにカネタは言った。
「ああ、そうだ」
トイラのその言葉に、カネタの態度が突然変わったのが暗闇の中でも伝わってくる。
トイラは本能で何かを感じ取った。
「もしかしてあんたも赤石探してたのか?」
トイラが鋭く言えば、カネタはおどけるように笑った。
「まさか。そういう話は今夜初めてジンの口から知っただけだ。それでその赤石は手にしてどうするつもりだ。そんなもの持ってたら罰が当たるんじゃないのか」
「まだ手に入れた訳じゃない。ただ見つけただけだ。これからどうするか仁と相談して決めるところさ。それじゃな」
トイラは再び自転車を漕いですぐさまカネタの元から去った。
カネタは過ぎ去って行くユキのシルエットを焼き付ける思いで、細い目をきつくして見ていた。