10
 仁はダイニングテーブルに着いて、頬杖をつきながら思案している。手持ちぶたさに石をはじきもてあましていた。
 この石が重要な鍵にも見え、または新たなトラブルの元にも感じられ、仁はもどかしさのあまり粗末に扱ってしまっていた。
 石はクルクルとコマのように回っている。
 何か変化があってもよさそうなのにと、仁は期待してじっと見つめていた。
 さっきまで頭痛がしていたが、それもピタッとやんだのはこの石のパワーがなくなったからに思えてならない。
 ユキに見せた映像で全てのエネルギーを費やしたのかもしれない。
「結局この石、一体どうすればいい?」 
「そうね、当分は誰にも話さず、隠した方がいいんじゃないかな……」
 ユキはフライパンを片手に持って何かを炒めてる。
 時折り、仁の方を振り返るも、手首だけは忙しく動かす。
 石によってユキが映像を見せられたことでまだまだ話し合いたいとばかりに、夕方になっても仁は帰ることができない。
 そのためお腹が空いて、ユキが夕飯の用意をしていた。
「だったら、ユキもキイトを疑っているってことかい?」
「分からない。もし私が見た男がカジビだとしたら、キイトに平気で痛手を負わせられるかな。ふたりは仲がよかったってキイトもいってたんじゃなかったっけ」
「あのふたりの間には何かがあって、まだ僕たちが知らないことがあるってことなのかな」
「そうかもしれないわ。キイトの話がどこまで本当のことなのか、それを突き止めるまではその石のことはまだ黙っていた方がいいと思うの」
「だったらさ、セキ爺にそれとなく聞いてみるってのはどう? あの人なら山の長老だし、何か知ってるかも」
「だけどセキ爺もキイトの話に騙されてたらどうするの? セキ爺ははなっからカジビを今回の事件の犯人だと思っているし、キイトがそのようにコントロールしている可能性も考えられるでしょ」
 二人の話はどこまでも纏まらなかった。
「トイラはどう思ってるんだろう。ユキと同じようにトイラも映像を見たのかな」
 仁は呟く。
 ユキは炒めたものを皿の上に乗せて、それをテーブルに置いた。
「いや、俺には何も見えなかった。だが、その石のことは暫く内緒にしていた方がいいと俺も思う」
「また急に出てくるんだな、トイラ」
「違う」
「何が違うんだよ」
「俺が仁の質問の答えを心に思うだけで無意識に飛び出してしまったんだ。出てくるつもりはなかった」
「それって、まさか、ユキの体の乗っ取りが徐々に強まってきたってことなのか?」
「多分そうだ。その石に触れてから益々力が増してしまったようだ。ユキと意識を通い合わせたこともその石が原因としか思えない。その石をこれ以上ユキに触れさせるな」
「わかった」
 仁は素直に言うことをきき、石を握り締めてジーンズのポケットに突っ込んだ。
「仁、この後ユキはカジビを探すことに躍起になるかもしれないが、仁はよく見極めろ。決して自分を見失うんじゃないぞ。そして馬鹿なことを考えるな。後始末は俺がつける。全てはこの俺が起こしてしまったことなんだから」
「トイラに指図されることなんて何もないよ。これは僕の問題でもあるんだから。僕は自分の思うようにしたいだけだ」
「なんでそうしょうもないところで頑固なんだよ」
「僕だって、もう引き下がれないところまで来ているんだ。ユキの事が好きだから、その気持ちだけでもトイラに負けたくないだけだ。とにかく引っ込んでくれないか。今は腹がへって仕方がなくイライラするんだ。ユキの料理の邪魔をしないでくれ」
 正当な理由とばかりに仁は不機嫌な態度を見せたが、内心トイラと話すことが辛いだけだった。
 トイラはあてつけのようにため息を一つついた。その顔もユキであるから、仁には複雑だった。
 その直後またユキの意識がすぐに戻ってきた。
 少し違和感を感じているのか、ユキはきょとんとしていた。
「あれ? ここにあった石はどうしたの?」
「あれは僕が責任もって預かっておくよ。ユキが触るとトイラの力が増してユキに悪い影響を与えそうだから」
「もしかして、今トイラが出てきて何か喋ったの?」
「うん、ちょっとね。トイラはどう思ってるか聞いてみたかったんだ。やっぱりトイラも石のことは暫く様子見た方がいいって意見だった」
「そっか。とにかく、石のことは黙っておくことにして、今はカジビを探さないと。そのためにはまたキイトとセキ爺に連絡しなくっちゃ。何かわかったかもしれないし。後でキイトを探しに神社に行こうか」
「そうだね」
 目まぐるしく事が起こり、ユキは仁と気まずい言い合いをしたことをすっかり忘れていた。
 それどころかユキは時折り、希望を持った生き生きとした表情でにこやかに笑っている。
 あの時の意見の食い違いをぶり返すことなど仁もしたくなかったが、それにしてもなかったことにされるのも虚しい。
 ユキが笑顔でいるその背景にトイラとの逢瀬が強く影響しているに違いない。
 意識同士が触れ合った。それが何を意味するのか――。
 仁はその後を考えたくなかった。
 仁は突然湧き上がる嫉妬に当惑する。
 どこにもぶつけられない切ない思いは仁の心でくすぶる。
「はい、お待たせ。温かいうちに早く食べて」
 温かい湯気が漂うご飯の入った茶碗をユキから差し出されて、仁はそっとそれを受け取った。
「おいしそうだね。それじゃいただきます」
 ユキが自分のために作ってくれた食事。
 口に頬張り、しっかりと噛んで咀嚼した。
 先ほど抱いた嫉妬も飲み込むように。
 仁は自分がどうすべきなのかすでに覚悟はできていた。