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動物病院に汗だくになった仁が駆け込んだとき、良子は診察室で飼い主に付き添われたイグアナを診察していた。
あまり見慣れないすごい動物を見てしまい、あんなのも診ないといけない獣医の仕事の多様さを知って仁は驚く。
その気持ちを顔には出さず、イグアナの飼い主に配慮して軽く良子と目を合わせ、自分の仕事をしようと奥の部屋へ勝手に入って行った。
檻が並んでいる前に立てば、餌をもらえると猫達が落ち着きをなくして檻の中で数回円を描いて催促する。
仁は餌を入れるボールを猫の数だけ用意して、軽量カップを使ってきっちりと入れていく。
餌をもって檻の扉を開ければ、待ちきれないと頭を摺り寄せて来るものがいて、そのしぐさが可愛く仁の顔も綻んでいた。
また犬にも同じように餌を与えるが、楓太の時だけは人間を相手するように接した。
「楓太だけ待たせて悪かったな。ほら食え。お代わりが欲しければ言ってくれていいんだぞ」
「拙者だけなんだか特別にされてるみたいだな。とにかくかたじけない」
楓太は前足を前に揃えて座って落ち着いて仁を見ていた。
「特別って訳じゃないけど、言葉が通じると邪険にできないっていうかさ、そのアレだよ」
犬を相手に何を話してるんだと思いつつ、仁は笑って誤魔化していた。
楓太は静かに餌を食べ出した。
「この後、散歩に連れてってやるよ。行きたい場所があればそれも遠慮なく言ってくれればいいし。但し、俺から逃げることだけは止めて欲しい。一応こっちは預かってる側だから、楓太になんかあったらここの病院困るからね」
楓太は顔をあげて「分かった」と言った。
「それと、もしなんか僕に話したいことがあったら、それも遠慮なく言ってほしい」
楓太がドックフードを噛み砕いた後、飲み込んで仁を見据える。
「よほど拙者が何か言うのを待ってるみたいだな」
「ああ、できたら知ってることを教えて欲しいんだ。ヒントでもいい。頼む、楓太」
犬相手に、仁は手を合わせて頼みこんだ。
「その分じゃかなり困ってそうだな。だが拙者は何もできないんだ。拙者にも立場というものがあるんだ。良くして貰っているのにすまない」
犬だというのに、義理堅い。
口の堅さもさることながら、忠誠心をもった信念の強さがにじみ出ている。
「そっか、楓太の立場か」
仁は参ったとばかりに、頭の後ろを掻き毟った。
楓太は餌を食べ終わると、美味しかったと知らせるように、口の周りを舐めていた。
「それじゃ散歩に行くかい?」
仁がリードを見せるが、喜ぶほどでもないのか楓太は落ち着きを払っていた。
他の犬も数匹リードに繋ぎ、団体で散歩に行く。
数が多いと、散歩も大変かと思ったが、不思議と犬達は楓太を先頭に規律よく歩いている。
楓太がまるでそのように指示したかのようだった。
散歩は何も問題なく楽に事が運ぶ。
30分程度歩いたところで、これで充分かと楓太に聞こうとしたとき、まだ日も明るい夕方の空を何かが仁に向かって飛んできた。
それは灰色の体を持ち茶色く細かい鱗が並んだような模様がついた羽を持っている。
「キジバト?」
仁が呟くとキジバトは円を描くようにその周辺を飛んだが、楓太がそれをじっと見ているところをみると、楓太に向けて何かメッセージを伝えているようだった。
楓太が「ワン」と力強く一度吼えると、そのキジバトはまた来た道を戻るように飛び去っていった。
「なあ、楓太、今のもしかして知り合い? 何か言ってたのかい?」
仁は期待して質問する。ニシナ様についてか、カジキについてか、なんでもいいから鳩が何を意味していたのか聞きだしたかった。
だが、まばらでも人通りがあり、自転車もすぐ傍を通っていく。
楓太は用心深く、喋る気配はなかった。
散歩が終わると、また一匹ずつ檻に入れるが、楓太だけはしばらくそのままにしておいた。
リードを外しても楓太は大人しく仁の足元に腰を据えていた。
動物病院に汗だくになった仁が駆け込んだとき、良子は診察室で飼い主に付き添われたイグアナを診察していた。
あまり見慣れないすごい動物を見てしまい、あんなのも診ないといけない獣医の仕事の多様さを知って仁は驚く。
その気持ちを顔には出さず、イグアナの飼い主に配慮して軽く良子と目を合わせ、自分の仕事をしようと奥の部屋へ勝手に入って行った。
檻が並んでいる前に立てば、餌をもらえると猫達が落ち着きをなくして檻の中で数回円を描いて催促する。
仁は餌を入れるボールを猫の数だけ用意して、軽量カップを使ってきっちりと入れていく。
餌をもって檻の扉を開ければ、待ちきれないと頭を摺り寄せて来るものがいて、そのしぐさが可愛く仁の顔も綻んでいた。
また犬にも同じように餌を与えるが、楓太の時だけは人間を相手するように接した。
「楓太だけ待たせて悪かったな。ほら食え。お代わりが欲しければ言ってくれていいんだぞ」
「拙者だけなんだか特別にされてるみたいだな。とにかくかたじけない」
楓太は前足を前に揃えて座って落ち着いて仁を見ていた。
「特別って訳じゃないけど、言葉が通じると邪険にできないっていうかさ、そのアレだよ」
犬を相手に何を話してるんだと思いつつ、仁は笑って誤魔化していた。
楓太は静かに餌を食べ出した。
「この後、散歩に連れてってやるよ。行きたい場所があればそれも遠慮なく言ってくれればいいし。但し、俺から逃げることだけは止めて欲しい。一応こっちは預かってる側だから、楓太になんかあったらここの病院困るからね」
楓太は顔をあげて「分かった」と言った。
「それと、もしなんか僕に話したいことがあったら、それも遠慮なく言ってほしい」
楓太がドックフードを噛み砕いた後、飲み込んで仁を見据える。
「よほど拙者が何か言うのを待ってるみたいだな」
「ああ、できたら知ってることを教えて欲しいんだ。ヒントでもいい。頼む、楓太」
犬相手に、仁は手を合わせて頼みこんだ。
「その分じゃかなり困ってそうだな。だが拙者は何もできないんだ。拙者にも立場というものがあるんだ。良くして貰っているのにすまない」
犬だというのに、義理堅い。
口の堅さもさることながら、忠誠心をもった信念の強さがにじみ出ている。
「そっか、楓太の立場か」
仁は参ったとばかりに、頭の後ろを掻き毟った。
楓太は餌を食べ終わると、美味しかったと知らせるように、口の周りを舐めていた。
「それじゃ散歩に行くかい?」
仁がリードを見せるが、喜ぶほどでもないのか楓太は落ち着きを払っていた。
他の犬も数匹リードに繋ぎ、団体で散歩に行く。
数が多いと、散歩も大変かと思ったが、不思議と犬達は楓太を先頭に規律よく歩いている。
楓太がまるでそのように指示したかのようだった。
散歩は何も問題なく楽に事が運ぶ。
30分程度歩いたところで、これで充分かと楓太に聞こうとしたとき、まだ日も明るい夕方の空を何かが仁に向かって飛んできた。
それは灰色の体を持ち茶色く細かい鱗が並んだような模様がついた羽を持っている。
「キジバト?」
仁が呟くとキジバトは円を描くようにその周辺を飛んだが、楓太がそれをじっと見ているところをみると、楓太に向けて何かメッセージを伝えているようだった。
楓太が「ワン」と力強く一度吼えると、そのキジバトはまた来た道を戻るように飛び去っていった。
「なあ、楓太、今のもしかして知り合い? 何か言ってたのかい?」
仁は期待して質問する。ニシナ様についてか、カジキについてか、なんでもいいから鳩が何を意味していたのか聞きだしたかった。
だが、まばらでも人通りがあり、自転車もすぐ傍を通っていく。
楓太は用心深く、喋る気配はなかった。
散歩が終わると、また一匹ずつ檻に入れるが、楓太だけはしばらくそのままにしておいた。
リードを外しても楓太は大人しく仁の足元に腰を据えていた。