2
二度と会えることはないと思っていた人。
自分の中に意識が残っていたとわかっても、いざ本人が目の前にはっきりと現れるとユキは胸がいっぱいで言葉など忘れてしまっていた。
その気持ちを汲むように、トイラは透き通るほどのまばゆい光を帯びた緑の目で優しく見ている。
お互い触れたくても触れ合えないもどかしさは、はかないこの一瞬に全てをぶつけて燃え尽きたいと激しく願ってしまう。
その情熱で燃え滾った空気は陽炎のようにたゆたっているようだった。
その思いつめた状態を誤魔化そうと、トイラは突然鼻で笑うように声を出した。
「ユキ、久し振りだな」
トイラの粋がった微笑みが、再びユキに向けられた。
「トイラ……」
ユキはボロボロと涙をこぼし、目の前がぼやけてしまった。
それを拭ってやりたいとトイラの手が微かに動いていた。
「何を泣いている。久しぶりに会えたんだ、俺のために笑ってくれ」
ユキは文句の一つでもいいたい感情が湧くが、涙を拭えばただ抱きしめたい、触れたい気持ちが勝って胸がいっぱいになって何も話せない。
二人の空間は言葉にできない思いだけが存在する。
トイラはこの限られた時間の中にいるにも係わらず、飾らず素のままに言葉を掛けた。
「そうだな、悠長なこと言える立場じゃなかった。でもこんな姿でも再び会えてやっぱり嬉しいよ。ずっと君の中で隠れて過ごしていたから罪悪感いっぱいだった」
「黙っているなんて酷過ぎる。あの時、命の玉を私に吹き込んで姿を消したときから、私がどれほどトイラに会いたかったか分かってて隠れてたんでしょ」
「結果的にはそうなるけど、俺だってこうなるなんて予想もしなかったことだ。ただユキに普通の暮らしをして欲しかっただけだ」
「私はずっと辛かったのよ。トイラが生きてるのならもっと早く知らせて欲しかった」
複雑すぎてユキはトイラを責めてしまう。
トイラは少し考えてから再び優しく笑みを浮かべた。
「俺は意識の残像が残ってるだけで、これは生きてるとは言わない。ユキの中に存在しているだけだ。即ち、ユキの中の妄想に近いものさ」
「そんなことない。こうやって目の前に存在して話をしているじゃない」
「でも俺に手を触れられないだろ」
ユキは黙ってしまった。
「ユキ、これは気休めにしかならない。ユキは俺に囚われているだけだ。これも君を支配しようと俺の力が働いている。だから俺を君の中から追い出すんだ」
「違うわ。これは私があなたを思う気持ちそのもの。あなたを追い出すなんて嫌よ。もう二度とトイラと離れたくない」
ユキの欲望が膨れ上がる。
「ユキ、俺も君と同じようにずっと辛い思いだったこと考えてくれ。俺のことを思うのなら、俺を自由にしてくれないか」
「どうして、どうしてそんなことを言うの? トイラは私のこと嫌になったの?」
「なぜそうなるんだ。でももう一度よく考えて欲しい。ユキはこれからどうすればいいのか。俺が本当に望んでることは何か。君なら分かるはずだ」
「わからない。そんなのわからないわ。私はずっとトイラと一緒にいたいだけ。それとも、私から出たとき、あなたは人間の姿になれるとでもいうの?」
「いや、それは無理だ。それに俺が望んでない」
人間になる方法があると仁から聞かされても、トイラはそのことをユキにいいたくない。
「じゃあ、だったら私はこのままでいい」
「このままでいいはずがないだろ。いずれ俺はユキを吸収してしまうんだぞ。そしてユキこそ俺に支配されて意識を失う。本来の命の玉をとる行為が逆転してしまうんだ」
「それで本望だわ」
「いい加減にしろ。俺がユキに成りすましてしまうんだぞ」
「トイラに会えないのなら自分はいなくなってもいい! あのときのような気持ちは二度と嫌だわ」
「ユキ!」
静かな神社で二人の声が響き渡った。
遠くで仁たちが何事かと気になってみては、心配する眼差しを向けていた。
「トイラ、ずっとずっと一緒にいましょ。それが嫌なら私は今ここで死んだっていい」
「バカなことを言うな。今まで俺がやってきた事が無駄になるだろうが。それに、ユキには父親も仁も友達もいるじゃないか。その人たちを悲しませるな」
「でも私はトイラ一人いればそれでいい。後のことなんて何も考えたくないわ」
トイラは悲しみを帯びた目でユキをみつめていたが、耐えられないと視線をそらした。
口元を震わしながら、悲痛な思いでかすれた声を出した。
「ユキ、君がそんな奴だったなんて、とてもがっかりだ。俺は、そんなユキは……嫌いだ」
「トイラ……」
トイラの姿がおぼろげになってきた。
「俺は君とはもう何も話したくない。俺は俺で自分で勝手にするさ」
「いや、トイラ待って。折角、折角会えたのに、どうして喧嘩なんかしないといけないの。こんなのって」
トイラの姿が次第に薄くなって消えていく。
ユキは触れられないと分かっていても体が勝手に動いてそれを抱きしめようとした。だが、むなしく空振りとなり、そしてもう目の前のトイラは完全に姿を消していた。
先ほどとは違う涙が沢山頬を伝っていく。
そして大声で泣き叫んでしまった。
二度と会えることはないと思っていた人。
自分の中に意識が残っていたとわかっても、いざ本人が目の前にはっきりと現れるとユキは胸がいっぱいで言葉など忘れてしまっていた。
その気持ちを汲むように、トイラは透き通るほどのまばゆい光を帯びた緑の目で優しく見ている。
お互い触れたくても触れ合えないもどかしさは、はかないこの一瞬に全てをぶつけて燃え尽きたいと激しく願ってしまう。
その情熱で燃え滾った空気は陽炎のようにたゆたっているようだった。
その思いつめた状態を誤魔化そうと、トイラは突然鼻で笑うように声を出した。
「ユキ、久し振りだな」
トイラの粋がった微笑みが、再びユキに向けられた。
「トイラ……」
ユキはボロボロと涙をこぼし、目の前がぼやけてしまった。
それを拭ってやりたいとトイラの手が微かに動いていた。
「何を泣いている。久しぶりに会えたんだ、俺のために笑ってくれ」
ユキは文句の一つでもいいたい感情が湧くが、涙を拭えばただ抱きしめたい、触れたい気持ちが勝って胸がいっぱいになって何も話せない。
二人の空間は言葉にできない思いだけが存在する。
トイラはこの限られた時間の中にいるにも係わらず、飾らず素のままに言葉を掛けた。
「そうだな、悠長なこと言える立場じゃなかった。でもこんな姿でも再び会えてやっぱり嬉しいよ。ずっと君の中で隠れて過ごしていたから罪悪感いっぱいだった」
「黙っているなんて酷過ぎる。あの時、命の玉を私に吹き込んで姿を消したときから、私がどれほどトイラに会いたかったか分かってて隠れてたんでしょ」
「結果的にはそうなるけど、俺だってこうなるなんて予想もしなかったことだ。ただユキに普通の暮らしをして欲しかっただけだ」
「私はずっと辛かったのよ。トイラが生きてるのならもっと早く知らせて欲しかった」
複雑すぎてユキはトイラを責めてしまう。
トイラは少し考えてから再び優しく笑みを浮かべた。
「俺は意識の残像が残ってるだけで、これは生きてるとは言わない。ユキの中に存在しているだけだ。即ち、ユキの中の妄想に近いものさ」
「そんなことない。こうやって目の前に存在して話をしているじゃない」
「でも俺に手を触れられないだろ」
ユキは黙ってしまった。
「ユキ、これは気休めにしかならない。ユキは俺に囚われているだけだ。これも君を支配しようと俺の力が働いている。だから俺を君の中から追い出すんだ」
「違うわ。これは私があなたを思う気持ちそのもの。あなたを追い出すなんて嫌よ。もう二度とトイラと離れたくない」
ユキの欲望が膨れ上がる。
「ユキ、俺も君と同じようにずっと辛い思いだったこと考えてくれ。俺のことを思うのなら、俺を自由にしてくれないか」
「どうして、どうしてそんなことを言うの? トイラは私のこと嫌になったの?」
「なぜそうなるんだ。でももう一度よく考えて欲しい。ユキはこれからどうすればいいのか。俺が本当に望んでることは何か。君なら分かるはずだ」
「わからない。そんなのわからないわ。私はずっとトイラと一緒にいたいだけ。それとも、私から出たとき、あなたは人間の姿になれるとでもいうの?」
「いや、それは無理だ。それに俺が望んでない」
人間になる方法があると仁から聞かされても、トイラはそのことをユキにいいたくない。
「じゃあ、だったら私はこのままでいい」
「このままでいいはずがないだろ。いずれ俺はユキを吸収してしまうんだぞ。そしてユキこそ俺に支配されて意識を失う。本来の命の玉をとる行為が逆転してしまうんだ」
「それで本望だわ」
「いい加減にしろ。俺がユキに成りすましてしまうんだぞ」
「トイラに会えないのなら自分はいなくなってもいい! あのときのような気持ちは二度と嫌だわ」
「ユキ!」
静かな神社で二人の声が響き渡った。
遠くで仁たちが何事かと気になってみては、心配する眼差しを向けていた。
「トイラ、ずっとずっと一緒にいましょ。それが嫌なら私は今ここで死んだっていい」
「バカなことを言うな。今まで俺がやってきた事が無駄になるだろうが。それに、ユキには父親も仁も友達もいるじゃないか。その人たちを悲しませるな」
「でも私はトイラ一人いればそれでいい。後のことなんて何も考えたくないわ」
トイラは悲しみを帯びた目でユキをみつめていたが、耐えられないと視線をそらした。
口元を震わしながら、悲痛な思いでかすれた声を出した。
「ユキ、君がそんな奴だったなんて、とてもがっかりだ。俺は、そんなユキは……嫌いだ」
「トイラ……」
トイラの姿がおぼろげになってきた。
「俺は君とはもう何も話したくない。俺は俺で自分で勝手にするさ」
「いや、トイラ待って。折角、折角会えたのに、どうして喧嘩なんかしないといけないの。こんなのって」
トイラの姿が次第に薄くなって消えていく。
ユキは触れられないと分かっていても体が勝手に動いてそれを抱きしめようとした。だが、むなしく空振りとなり、そしてもう目の前のトイラは完全に姿を消していた。
先ほどとは違う涙が沢山頬を伝っていく。
そして大声で泣き叫んでしまった。