「ふーん、なんともドラマチックな展開で。その森の守り主というのは、私達の山神様と同じようなもんだね。ニシナ様というのがこの山の神様になるんだ。世界が違えどよく似たことをやってるもんなんだ」
 最後の一口を食べ終えて、キイトはふーっと息を吐いた。
「じゃあ、ニシナ様が誘拐されたっていうのは、どういうことなんだい?」
 仁が質問する。
「私達の山を治める神。それは人間も山の神として認識しているはずだ。山の神は動物と人間、そして自然との調和を見守っている。人間は祈るだけだが、私達 はその声を聞いて山の神にお伝えすることもある。神社やお寺がその役目を果たす一つの手段になっている。山神は力をもつものとして崇められてるから、それ を利用しようとする輩がたまに出てくるんだ。それでその山神のニシナ様の祠が壊されて、ニシナ様も行方不明になられたんだ。これは誘拐しかありえない」
「それが俺たちの仕業だと思ったのか?」
 トイラは安楽椅子に深く腰掛け、腕を組んで目を閉じたが足が思いっきり開いていた。
「トイラ、一応ユキの体なんだから、あまり男っぽくしないでくれ」
 仁に指摘されて、トイラは思わず足を閉じかわいこぶった。
「なんか調子狂う」
 複雑さを隠し切れずに仁は顔を歪ませていた。
「あんた達は本当にニシナ様を誘拐してないのか?」
 キイトは半信半疑になっていた。
「してる訳ないだろ。そんなに力持ってる神様なら、今すぐに会って願いを叶えてほしいくらいだ、なあトイラ」
 仁が突っ込むが、トイラは黙って何も言わなかった。
「だけどなぜカジビを探しているんだ? あいつは縁起が悪いと言われ、皆の嫌われ者だ」
 キイトが厳しい目を向けて訊く。
「カジビと言うのはどういう動物だ?」
 トイラが訊いた。
「アイツはイタチだ。しかも尻尾が二つでこの山では嫌味嫌われる対象だ。二又はこの山では邪悪を意味する」
「なるほど、そういうことか」
 トイラは何か納得していた。
「もしかしたら、そのカジビがニシナ様を誘拐したんじゃないの? ここいらでみかえしてやろうとか。ほら、コウモリのジークみたいにさ。なんとなくトイラの辿ってきたものとオーバーラップするんだけど」
 仁はトイラをちらっと見た。
「そうかもしれねぇな」
 トイラは適当に答えていた。
「それで、赤石っていうのはどういう役目があるの?」
 太陽の玉や月の玉にも通じるものがあるだけに、それが仁にはひっかかる。
「赤石は、深みを帯びた赤色で光り輝くものだ。それを持つと山神様という資格を与えられる証だ。私達にはただのお守りという認識しかない。だが、よそ者には 何か魔力を持つものだと思われているらしいんだ。実際、赤石に何かの力があるのかと聞かれても私にはわからない。それははニシナ様だけが知ってることだ」
 その話を聞いた後、暫く沈黙が続いたが、「ピジョンブラッド」とトイラが突然独り言のように呟いた。
「ピジョンブラッドとはなんだ?」
 キイトが反応した。
「直訳すれば鳩の血だが、それは濃い真紅のような輝きをもつルビーの色を称える敬称だ。ルビーの中でも希少価値で、最高級なものだ。即ちそれがここで言う赤石のことだろう」
「トイラ、それって赤石がルビーだっていいたいのか?」
 仁が聞くと、トイラは頷いた。
「ルビー? 赤石は西洋にもあるのか?」
 聞きなれない言葉にキイトは首を傾げる。
「何言ってんだよ、ルビーは宝石だよ。人間、特に女性が欲しがる価値ある石だ。一体赤石ってどれぐらいの大きさなんだ?」
 キイトは仁の前で手を使って石の大きさを表した。
 キイトが表現した大きさは、ジャガイモ一つ分ありそうだった。
「大きいじゃないか。それなら何も君たち種族だけでなく人間も欲しがるよ」
「えっ、人間も欲しがる?」
 キイトは目を丸くする。
「だからすごいお金になるってことさ。ニシナ様がその赤石を持っていたならば、人間が連れ去ったって事も考えられるかも」
「人間が、連れ去った? そんな……私達でも恐れるという洞窟に入り、祠を人間が壊すなんて考えられない。人間は神を恐れるものだ。そんなことしたら罰が当たると当たり前に思われてるはず。だから人間が赤石に触ることなどできないはずだ。人間が赤石に触れれば……」
「死ぬとでも言うのか? それにしてもお前は人間をかなり信頼してるみたいだな」
 横からトイラが口を出す。
「お前の種族は人間を嫌っているのか? ここの人間は色んなものに神様が宿ってると信じている。私たち種族を神やその使いだと崇めてくれる。人間がそんなことをするとは思えないだけだ」
「そうだな、俺たちとはそこの考え方が違うようだ。俺たちは完全に人間を排除して生活してきた。きっとこの先もそれは変わらないだろう。だがそんなに人間と接点を多くしたら、人間に恋をするものもいるんじゃないのか」
 トイラは自分の行いを自虐し、つい皮肉ってしまう。
「ああ、もちろんいる。そして結婚してるものもいるぞ」
「えっ?」
 あっさりと言われて、トイラも仁もびっくりした。
「なんだ、お前だって人間の女に恋をしたじゃないか。何がそんなに不思議なんだ」
「どうやって結婚して生活を共にするというんだ。お前達の種族は寿命が人間と同じなのか?」
 あまりにも容易い答えに、トイラは驚きが隠せない。
「いや、寿命の長さは私達の方が長い。だけど、人間と結婚するときはその種族を捨てて人間になるんだ。それができるんだ。あんたのところはできないのか?」
 トイラは驚きすぎて言葉を完全に失っていた。
 もっと早くこの世界のものと出会っていたら、こんな道を辿らずにユキと一緒になれてたかもしれないと思うと、やるせなくなってしまう。
「なんだか、急に暗くなってしまったけど、大丈夫か? だけどあんたはこれからどうするんだ? その女の中に入ったままでは結婚することもできないだろうに」
 一番痛いところを突かれたたようにトイラは首をうな垂れた。
「キイト、こういうトイラのケースの場合、なんとかトイラを外に出して人間にすることはできないんだろうか」
 仁が幸運を祈るような思いで問いかけた。
 キイトは仁の目を見つめた後、うな垂れているトイラをチラリと横目で見た。
「あんたはトイラとこの女がくっつくことを願ってるの? もし私ができるって言えば、あんたはそれでいいの?」
 キイトは首を傾げる。
 キイトの目から見ても仁はユキの事が好きなのは一目瞭然だった。
「仁、もういい。今はそんなこと議論している場合じゃない。俺たちが今しなければいけないのはユキを助けることだ。カジビを探せば、その手掛かりがつかめるかもしれないし、そうすればニシナ様のこともわかるかもしれない。ここはキイトと組んでカジビを探そう」
「ちょっと、私、いつあんたたちと手を組むって言ったのよ」
 キイトは反発する。
「でもきっとニシナ様に繋がる何かが見つかるはずだ。ここは協力した方がお互いのためかもしれない」
 トイラの言葉でキイトは考え込んだ。
「分かったわ。だけど完全にあんた達を信用したわけじゃないからね」
「キイトってなんかツンデレだね」
 思わず仁が突っ込んだ。
「ツンデレってなによ」
 つっけんどんに返すが、キイトは疾うにこの二人と一緒にいることに慣れてしまっていた。
 つい雰囲気に飲まれて笑いが口元から漏れる。
 そして、突然「キャー」という声が聞こえたとき、ユキがキイトに襲われたままで時間が止まった状態から目覚めた事がわかった。