トイラの手紙を読んだ後、その中にあるトイラを逃がしたくはないとユキは両腕を交差して自分を思いっきり抱きしめた。
「これが私の答えよ。トイラ、どこにも行かないで。私の側にずっといて。お願い」
 また気がついたとき、パソコンの画面には言葉が残っていた。
『ユキ、君は間違ってる』
「間違ってなんかいない。これは私が望むこと。もうトイラから離れたくない」
 ユキは暫くパソコンの前に居たが、それからトイラはメッセージを書き込むことはなかった。
 それがトイラを怒らせてしまったのではと、ユキには感じてならなかった。
 それでもユキは自分の気持ちを変えることはなかった。

 次の朝、ユキは目覚めがよかった。
 自分の中にトイラが生きていることを知っただけで、一人ではない力強さが感じられる。
 前夜は意見の不一致でトイラの機嫌を損ねてしまったが、いつかは理解し合えるとユキはそれこそここでポジティブになり、明るく振舞う。
 悩んでいた頃と打って変わって、ユキの心は晴れやかだった。
 自分がこれだけ幸せな気分ということでトイラもきっと喜んでくれると信じてやまなかった。
「トイラがいる。そう思うだけで嬉しくて仕方がないわ」
 そしてはっと気がついたとき、ユキはパソコンの前に座っていた。
『君は、間違っている。俺はただ悲しい』
「トイラ、どうしてそんなことをいうの? 私はこれでいいって言ってるのに」
 ユキは分かってもらおうと、益々明るく振舞う努力を怠らないようになっていった。
 そして一週間が経った頃、仁がユキの家を訪ねてきた。
 呼び鈴を押しても出てこないので、引きドアに手をかけると鍵が開いてることに気がつき、仁は勝手に家の中に入って、そこで見たユキの姿に驚いて叫んでしまった。
「ユキ!」
 ユキはげっそりとしてソファに倒れこんでいた。
 明るく振舞ってもあれ以来トイラがユキになんのメッセージも残さなかったことから、ユキは反抗するように食事をしなくなった。
 トイラが意識を支配して食べ物を口にしても、ユキが目覚めたときはむりやりそれをトイレで吐いてしまっていた。
 仁がユキを訪ねてきたのは、トイラの意識に支配されたユキから電話で助けを求められたからだった。
 
「ユキ、一体何をしているんだよ」
「全部、お前がぶち壊したんだ。俺はこうなる事が分かっていたというのに」
「えっ? 今はトイラなのか?」
 げっそりとしているユキの顔を見つめるが、目は苛ついて仁を見据えていた。
 ユキなのにユキではない雰囲気が漂う。
「ああ、俺だ。トイラだよ」
 体を起こし、ソファーに深く座るが、ユキ自身の調子が悪いため辛そうにしていた。
 だが、目は精一杯に凄みをつけて睨み、持っていきようのない怒りを仁にぶつけていた。
 仁はたじろぐが、仁の方も我慢できない気持ちをぶつけだした。
「僕だってトイラからそんな話をされて、どうしていいかわからなかった。いきなり現れてそんな事言われて、冷静になれる方がおかしい。僕だって感情という ものがある。僕がそんなことユキに内緒でできるわけがないじゃないか。それこそ一生罪を背負って生きていけってことになる。それに僕なら何のためらいもな くトイラをユキから抹消させられるなんて思われたのも悔しかったよ」
「バカ野郎! そんな風に俺が思うわけがないだろう。仁しか頼める奴がいないし、仁を信頼してるからこそお前にうちあけたんだ」
 トイラも言い返す。だが、見かけはユキなので仁は戸惑っていた。
「だけど、そんなの酷だよ。ユキはずっとトイラのこと思っていたんだよ。折角通じ合えるチャンスがあるのに、それを与えない方が間違ってる」
「いや、間違ってるのは仁の方だ。目の前のユキをよく見てみろ。ユキはおかしくなってしまった。本来なら命の玉を奪われた方が支配されるべきなのに、ユキは人間だから俺の命の玉を与えても俺の力が強かったってことだ」
 トイラは必死に訴えた。
「でもこれは、ユキがトイラと離れたくないから反抗してるんじゃないのか」
「仁にはそう見えるかもしれないが、これは違う。徐々に俺の意識の方が強くなってきているんだ。俺が知らずとユキの心を支配して思いを強く募らせてしまったんだ。早い話が俺に体を与えようとしている。このままではいつか逆転してしまうかもしれない」
「それって、ユキの意識が隠れて頻繁にトイラが表に出てきてしまうってことなのか?」
「そうじゃない。俺がユキを完全に支配して、ユキは二度と表に出て来れなくなるってことだ」
 見かけはユキだが、その話し方はやっぱりトイラだった。
 ユキなのにトイラ。それがずっとそうなるかもしれないことに仁は事の真相にやっと気がついた。
「意識が出て来れないってそれじゃ、ユキが死んじゃうってこと?」
「そういうことだ。やっと分かったか」
「そんな。なんでまたそんなややこしいことに。トイラは自分の力でコントロールできないのか?」
 仁はおろおろとしてしまう。
「この間まではできていたよ。だがお前が持ってきた葉っぱがいけなかった。あれに触れてしまったばかりに、俺の本来の力が目覚めてしまった。この力は太陽の玉が割れたときに吸い取られるべきだったんだ。だがあの時はユキを助けるために使ってしまった」
「でもそれは仕方がなかったというか、そうしないとあの時ユキは死んでいた」
 仁はあの時の事を思い出していた。
「分かってる。それは俺も望んだことだし、それしかユキを助ける方法はなかった。だが、またこうやって新たな問題にでくわしてしまった。だからこういうことになる前に、黙ってユキから出て行きたかったんだ」
「それじゃまた僕のせいなのか。僕がいつもユキを苦しめてしまう」
 首をうなだれる仁。
「仁を責めているんじゃない。それに矛盾してるけど、ユキと心通わせたことは実は俺にとっても嬉しかったんだ。俺だってこんなことになってしまってかなりこんがらがってる。とにかく早くなんとかしなくては」
「僕は一体何をしたらいいんだ。今聞いたことを正直に話してもユキのことだ、きっと支配されてもいいっていうに決まってる」
「まずはユキを病院につれていけ。それとカジビっていう奴を捜すのを手伝ってくれ」
 急に聞きなれない名前がでてきたので仁は不思議に思った。
「カジビ? 一体誰だい?」
「俺も誰だか知らない。だけど葉っぱに触れたとき、カジビを捜して欲しいというメッセージがあったんだ」
「その葉っぱだけど、僕が持ってきたとはいえ、余計なことしてくれたって感じだよ」
 もっと気をつけるべきだったと仁は後悔してやまなかった。
「俺には意味のあることのように思えてならない。俺がユキから離れられることを知ったのもその葉っぱのお陰だから」
「一体何の目的でトイラに渡したんだ?」
「それは俺に助けて欲しかったからだろ。その代わりにそいつは俺を助けてやるっていいやがった」
「だからそれは一体誰なんだ」
 仁はその正体が知りたくてたまらない。
「今は分からなくともそのうちわかるさ。とにかくユキを、いや俺を早く病院につれていけ」
「ああ、わかった」
 仁はユキを抱き起こすが、それはトイラの意識であり、なんだか複雑だった。