「あなた、あの時の人なの? 学校の裏の林で私に声を掛けたけど、姿を見せなかった人」
「ええ、そうよ。馬鹿みたいに大きな声で泣くんだもの、煩くて仕方がなかった」
 キイトは呆れた顔を向けた。
「なぜ、私から大きな黒い猫が見えるの?」
「目で見えるわけではない。あんたが持つイメージがそのまま頭に伝わってきたわけ。同じ種族なら独特の感覚でお互いの認識をするのよ」
「だったらあなたもある動物に姿を変える事ができるってことなの?」
 ユキの気持ちが高ぶった。心臓がドキドキと早くなっている。
「そういうことを知ってるところを見ると、あんた普通の人間じゃないね。やはりこの山をめちゃくちゃにしようと企んでいる悪い妖術使いなんでしょ」
「違うわ、私はただトイラのことを知りたいだけ。私から黒猫のイメージを感じられるのなら、あなたにはトイラが見えるんじゃないの。お願い教えて、一体私から何が見えるの?」
 藁にでもすがりたい気持ちで、ユキは巫女に助けを求めてしまう。
「ちょっと、待ってよ。あんた、なんか狂ってる。トイラって一体何よ」
「お願い、答えて、私の中にはトイラがいるの?」
 ユキは巫女の肩を掴んで大きく揺さぶった。
「ちょっと、痛いって、あんた私を誰だと思ってるのよ」
「誰でもいいの。トイラに会わせてくれるのならなんだってする」
 ふたりは境内で取っ組み合いの喧嘩をしているようだった。
「おい、ユキ、一体そこで何をしてるんだ。やめるんだ」
 鳥居を潜って仁が走ってきた。
 すかさず、食い込むようにキイトの肩を掴んでいたユキの手をとり、ふたりを引き離した。
 キイトはこの上ない恐怖心を味わったように放心状態となり、鋭くとり憑かれたユキの目から視線が離せなかった。
「す、すみません。ちょっとこの人、最近疲れているようで、つい興奮して。本当にごめんなさい」
 仁がユキの代わりに必死に頭を下げて謝った。
「仁、どうしてここに?」
 ユキは落ち着きを取り戻したが、仁が居る事が納得できないでいる。
「何、言ってんだ、ユキが電話してきたんだろ。ここに来いって」
「えっ、私が電話した? いつ?」
 ユキには全く身に覚えがなかった。
「とにかく、家に帰ろう。少し涼しいところで休んだ方がいい」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
 口を挟んだのはキイトだった。
「あのさ、こっちこそ説明して欲しいんだけど、一体この子何者なの? 大きな黒い猫って言っただけで興奮するし、それにあんたもこの子の仲間なの? さっ きからトイラが見えるんじゃないのかとか、訳の分からないことまくし立ててくれるけど、こっちだってニシナ様を探してるんだ。そのトイラっていう奴が誘拐 したんじゃないのか?」
「一体何を仰ってるのかさっぱりわからないんですけど、あの、あなたは一体……」
 仁が問いかけると、ゴロゴロと空が音を立てだし、黒い雲が流れ込んでいた。
 夕立が来そうなほどに辺りが暗くなってくる。
「一雨来そうだ。ユキ濡れないうちに家に帰ろう。それじゃ大変失礼しました」
 その場を去ろうと、半ば、強制的に仁はユキを引っ張って走っていってしまった。
 鳥居の外で倒れていた自転車を立て直し、慌てるようにユキの家へと向かった。
 キイトは雷と夕立に邪魔をされ、後をつけることを断念した。
「仕方がない今度会ったとき、とっちめてやるから」
 キイトも雨を凌ぐ場所を求めて去っていった。