三時間目が始まってから遅れて愛美里が学校にやってきた。

 顔に擦り傷、手首には包帯が巻いてあった。

 まるで病院に行ってきた帰りの様子だ。

 私はついじろじろと見てしまい、そのうち目が合うと愛美里は露骨に視線を逸らした。

 何があったのか気になったのは私だけじゃなかった。

 あんな姿をして遅れて学校にやってきたら気にしない方がおかしい。

 授業中、教室に入ってきた愛美里に先生もびっくりして「大丈夫か」と咄嗟に訊いていた。

 授業があったので、先生はそれ以上詳しいことは訊かなかったが、休み時間になると愛美里の取り巻きの一人が心配して即効で近づいた。

「どうしたの、愛美里。なんか痛々しい」

「うん、ちょっとね」

 私は耳を澄ましていたけど、愛美里は詳しい事を言わなかった。

 ただ時々、私に視線を向けては目が合うと逸らすという鬱陶しい態度を取っている。

 その理由が知りたくて私はやきもきしていた。

 その放課後、帰ろうとしている愛美里に私は近づいた。

「桜庭さん、昨日何があったの?」

「何もないわ」

 私を無視して帰ろうとする愛美里の腕を咄嗟につかんだ。

 愛美里はドキッとして私に怯えた目を向けた。

「昨日、リュウゴの家に行ったんでしょ。知ってるのよ。そこで何があったの?」

 私の問いかけに愛美里は目を泳がせていた。

 私からリュウゴを奪おうとして、抜け駆けで家まで押しかけた愛美里。

 そのときにおばあさんと一悶着あったに違いない。

 それを問い詰めたかったのに愛美里は貝のように口を閉ざし、何も言おうとしない。

 ただ私に困惑の眼差しを向ける。

 ボケたおばあさんを愛美里は不本意に傷つけてしまったのではないだろうか。

 認知症を患った人は被害妄想に陥って身内でも自分の敵とみなして攻撃的になるという。

 そこに突然見知らぬ愛美里が現れれば、なおさら何かを盗みに来た泥棒と思い込んでも致し方がない。

 咄嗟に襲い掛かられて、抵抗しているうちに、愛美里は怪我をしてしまった。

 そしておばあさんも同じように怪我をした。

 そういう筋書きが頭によぎった。

 その事実を知られるのが怖くて、愛美里は逃げた。

 私が問い質せば問い質すほど、愛美里の口は堅くなる。

 でも目だけは恐怖を見たように怯え、一刻も早く忘れたいとばかりに何も語ろうとしない。

 それならそれで仕方がない