「それじゃ、僕が決めるね。ハーブティなんてどうかな。カモミールなんて今の君にいいと思うよ」

「はい……」

 もう、なんでもいい。

 私はこの場を持たせたくて適当に返事した。

 後で知ったけど、ダージリンの紅茶は春夏秋と年に三回摘んで、それぞれ呼び方も味も変わってくるそうだ。

 彼は何だかお茶に詳しそうだ。

 私のために頼んでくれたハーブティのカモミールにもリラックスさせる効果があるらしい。

 彼はそれを知っていたから私を落ち着かせようとしていたのだろう。

 その気遣いはわからないでもない。
 
 私はもう少しで駅のホームから飛び込もうとしていたのだから。


『二番線に電車が参ります。危険ですから白線の内側までお下がり下さい』


 放送が流れて、体がホームから線路側に倒れ掛かったとき、私の腕を彼が咄嗟に掴んで引っ張ったのだった。

「君、危ないよ」

 あの時、私は頭が真っ白だった。

 彼に引っ張られるまま私は足を動かした。

 ホームの後ろ、人の邪魔にならないところまで来ると、顔を上げ彼と向き合う。

 朝の忙しい通勤、通学ラッシュ。

 ほとんどの人が無関心に私たちの側を通り過ぎていくなか、一人の女子高生だけがおもむろに私をじろじろ見ていた。

 一瞬目が合ったけど見ないふりをすると、彼女はこれ見よがしに背筋を伸ばし何事もないように行くべきところへと去っていった。

 私は落ち着くまで黙っていた。

 彼自身もどう対処していいのか思案していたのだろう。

 不思議そうに私を見つめ、口元を少し上向けに薄く微笑んだあと、抑揚のない囁く声で私に言った。

「死にたい気持ち、わからないでもない。でも君は贅沢だ。このまま安易に死ぬなんて……」

 責めている訳でも、叱っている訳でもなかった。

 ただ彼の瞳はどこかやるせないように悲哀に満ちていた。

「落ち着いた所でお茶でも飲みながら少し話をしようか」

 それが当たり前であるかのように違和感なく彼に誘われた。

 多分放っておけなかったのだろうが、私も何も深く考えられないまま、彼についてきてしまった。

 どうせ死のうとしたのだから、この先何があろうと、見知らぬ人についていくのは怖くなかった。

 もう一つ理由をつけるなら、彼は整った顔をしていて一瞬でかっこいいと思えたからこのまま一緒にいたいと思ってしまった。

 命を投げ出そうとして、咄嗟にイケメンに助けられる。

 少しだけ運命的なものを感じていたのも事実だった。

 成り行きに任せてみよう。

 そんな風に思えるほど、彼は魅力的な風貌をしていた。

 この店のマスターが私たちを干渉しないようにさりげなく注文を取りに来て、彼は私のハーブティと自分のコーヒーを告げる。

「かしこまりました」

マスターはカウンターの奥に引っ込みゆったりとした動作で作業しだした。