さて少し、この世界を紹介しようかと思うんだが、いいかい? なにも分からないままじゃあ、なんのために来たのかも分からなくなっちまうからな。
 エンケンはそう言うと、大きな建物に向かって足を進めた。すると校舎のようなその建物が動いた。一つのドア毎に一つの部屋になっているようで、四角い塊がスライドパズルのようにその枠内でグルグル動いている。一箇所だけ空洞になっている箇所は、本来なら玄関口なんだろうけれど、その時は違っていた。エンケンの目の前に、その空洞がやってきた。その空洞は、ドア二つ分の広さがあった。
 ちょっとそこで待ってなと言い残し、エンケンはその大きく開いた空洞の中に入っていた。中の様子は暗くて、外からはまるで覗けない。
 これって夢なのか? 昭夫がそう言った。
 だったら誰のだよ! 雄太がそう答える。
 主役は僕じゃね? なんて僕が言ってみた。
 ヴウォンッヴウォンッと空洞の中から大きな物音が聞こえてきた。僕たち三人はほんの少し顔を強張らせ、その場から数歩後退した。嫌な予感は的中する。
 中から突然、物凄い勢いで車が飛び出してきた。僕たち三人の爪先すれすれをタイヤの跡が過ぎていった。
 キキィーッという甲高い音をたて、数メートル先で止まったその車を運転していたのは、サングラスをかけたエンケンだった。
 現実世界のあの国じゃあ、こんな車は似合わない。けれどここじゃあ、こいつが俺の愛車なんだ。
 薄いブルーのその車は、やたらと幅が広く、縦にも長いオープンカーだけど、座席はそれほど広くない。後部座席に三人で乗ると、少々きつい。そういう時は立ち上がるんだ、とエンケンが言う。助手席が空いてるじゃんかと雄太が言うと、ここは特別なハニーの席なんだ。そう返してきた。僕は心中で様々なツッコミを入れたけれど、雄太は黙ってしまった。エンケンの勝ち誇った笑顔がカッコよかった。
 僕たちの荷物は後部のラゲッジにしまい込まれたんだけれど、そこは後部座席よりも広く、全てが綺麗に収まった。
 この世界のロックスターだけがこの車に乗ることが許されているんだ。あんたたちの世界でも一時期流行っただろ? あれはこっちの世界の影響なんだ。車の発明や発展を支えてきたのは、この世界へ迷い込んだことのある奴らだからな。まぁ本当はこの世界じゃあ車なんて必要ないんだけどな。職種によって移動手段を与えられているんだ。例えば宗教関係者は原チャリ、食品関係者は軽自動車というふうにな。
 エンケンがそう言った時、前から来る一台の車とすれ違った。薄ピンクのオープンカー。見覚えのある髪型と服装に目を奪われたけれど、それが誰なのかは追い出せなかった。
 奴こそが最高のロックスターだ! いきなり出会えるなんてあんたたちは持ってるな! これはひょっとするかもだな! なんて興奮するエンケンに、僕たちは冷ややかな視線を浴びせたけれど、エンケンはそんなことには構わず高笑いをあげていた。