それぞれの楽器だけは忘れないように! 向こうにもいい楽器は多いが、身體に馴染んだ楽器を使うのがロックなんだ。新しい楽器に興味を持つことは悪くはない。けれど初めて手にした楽器を忘れてはいけないよ。きっとそれが、あんた達の武器になるんだ。
 エンケンがそう言った。意味の分からない言葉だったけれど、確かに僕たちは、この楽器のお陰で何度か命を救われている。
 エンケンの言葉に従い、僕たちは準備をした。その日はライブ終わりだったから當然それぞれの楽器を持っていた。僕はベースとタンバリンを、小學校からの友達の雄太はギターとノートサイズの小さな鉄琴を、雄太の弟の昭夫は三點ドラムセットとトライアングルを持ってエンケンが指定した場所に向かった。
 ライブハウス五番街は、橫浜駅から歩いて五分ほどの、西口を出て大通りを超えてから川を渡った先のコンビニがあるビルの地下にある。所々にヒビの入った歴史のあるビルに、かつては多くのロックスターが出演していた。観客は詰め込んでも五百人程度しか入らないけれど、五番街で人気になることがロックスターへの登竜門になっていて、その後も好んで出演するロックスターが多かった。
 エンケンとの待ち合わせは、そのビルの屋上だった。普段から鍵がかかっておらず、僕たちはよくそこでタバコをふかしながら打ち合わせをしていた。
 屋上に著いても、そこには誰もいなかった。先に待っているとの聲を聞いたはずだったのに、どういうことだって思ったよ。騙されたのか? そうだよな。死んだはずのエンケンに會うこと自體が既に狐に化かされている狀態だったんだ。
 さっきのは夢だったんだと三人で手摺に身體をくっつけて話をしていると、入口のドアがギギィーッと音を立てて開いた。やっと來たのかと振り返ったけれど、そこにエンケンの姿はなかった。
 まぁ、仕方がないか。なんて呟きながら、帰ろうかとその入口を潛ったんだ。前なんて見ず、ただ階段を降りるつもりで足を動かしていた。
 ガンッと足の裏と膝に衝撃を受けた。と同時に背中にも衝撃を受けた。雄太と昭夫が突然止まった僕にぶつかった。