僕たちの常識は、ここでは通用しない。
 向こうでこういうのを身体に入れると、おかしくなっちゃうのよね。
 エイミーはちょっとばかり哀しみの表情でそう言った。
 不思議だけれど、こっちだと定期的にこれを吸い込まないと生きていけないのよね。水と同じって言うと大袈裟だけど、糖分みたいなものね。足りなくなると身体が悲鳴をあげるのよ。
 あなたも吸いなよと勧められたけれど、僕は断った。確かに感じた高揚感が思い込みとは思えなかったからだ。しかも、加速していったメロディーが、凄くつまらないとも感じていた。
 天才的な発想は、退屈でしかない。
 なんだか嫌な臭いが混じってるわね。
 突然にエイミーの表情が岩のようになった。それってこの煙のことじゃないのかって思ったけれど、口にはしなかった。
 そろそろ戻った方がいいかも知れないわね。厳しい表情を作ったエイミーがそう言った。
 あれって・・・・ スティーヴじゃない? すれ違いざまに、ほんの少し肩がぶつかった男の顔を見て驚いた。僕たちの世界を根本からひっくり返したのは、今のところはスティーヴが最後だ。
 あの男には騙されちゃダメなのよ。と言っても、今更手遅れなんだけどね。
 歩きながら振り返ってその背中を見つめる僕に、前を向いたままのエイミーが声をかける。あの男が生きている間にした本当の功績は、もう少し先にならないと見えてこないのよ。あなたたちの世界は、一度滅びることになっているんだから。
 まるで未来を見てきたかのように、エイミーがそう言った。
 やっぱりいなくなってるわね。突然足を止めて、エイミーがそう言う。ここがどこかは覚えているわよね?
 そこは僕とエイミーがウィスキーを楽しんでいた場所だった。入れ替わりに雄太と昭夫が座っていた椅子には誰もいなかったけれど、どこかをほっつき歩いていたとしても不思議じゃない。僕はちっとも心配していなかった。
 ここにいた二人、誰に攫われたか分かる?
 カウンターの向こうでグラスを拭いていた店員にエイミーがそう聞いた。店員は、真顔でこう言ったんだ。聞かなくても分かっていますよね?
 エイミーはゆっくりと頷き、僕に顔を向けた。やっぱりあなたがそうなのね? この世界を救うのは、あなたってことよ!