静けさの中の騒音は、耳に纏わりつく。聞きたくもない言葉が聞こえてきたり、物音に会話や妄想を邪魔されたり、なんだか少し落ち着かない。
 あなたにはまだ分からないようね。落ち着かない理由はなにかしら?
 エイミーは僕には視線を向けずに、グラスを持ち上げて琥珀色のウィスキーを見つめている。
 ここはね、こういう場所なのよ。洒落た空間ではあるけれど、余計な演出は一切ない。慣れると妙に心地がいいのよね。田舎の夜道を散歩している感覚よ。
 そうか? 僕の知っている田舎はこんなに騒々しくはないけれどな。
 それって、人が少ないからよね?
 人が少ないから田舎なんじゃないの?
 そうかしら? 人は少なくても、虫や動物なんかは一杯いるわよ。時期にもよるけれど、結構騒々しいのよね。それもまた、いい心地なのよ。
 それと人間のとは違うんじゃないの? 僕はそう言うとスコッチに口をつける。そこはとても不思議なバーカウンターだった。僕が次の一杯を欲するタイミングで、自然と新しいグラスがやってくる。しかも、その時にあった好みのスコッチが注がれている。スコッチといっても、種類は様々で、その味には違いがある。その他のウィスキーも同然なんだけれど、やっぱりスコッチに偏ってしまう自分がいる。
 あなたのそういう考えは好きになれないわね。人間ってそんなに特別なの? 虫ケラとの違いってなぁに? あなたが感じる騒音なんて、所詮は虫ケラの囀りなのよ。
 エイミーは至極当然なことだとでもいうようにそんなことを言った。今の僕はそれを至極当然だと思っているけれど、この時は違っていた。
 とにかく今を楽しんでみたら? ここになにが足りないのかは分かってるんでしょ?
 エイミーのそんな言葉を聞いて、僕は改めて考えた。この静けさの原因を。
 僕は鼻歌を奏でた。そして気がついた。
 音楽がない!