僕たちは、エンケンの背中が見えなくなった頃、そっと立ち上がった。正直僕は、客席に背を向けたまま背中を丸めてそそくさと退場するつもりでいた。けれどそうはしなかったのは、昭夫が立ち上がった途端にそのままの格好でドラムを叩き始めたんだ。一定のリズムなんてなく、子供が遊んでいるかのように自由に叩く。けれど不思議だった。僕の身体が、動き出す。なにかをしたくて我慢が出来ない。じっと突っ立っていることなんて出来ない。逃げ出すことも出来ない。となれば、やることは一つしかない。
 僕は昭夫の叩くドラムに合わせることはなく、ただ自由にそのドラムの音を感じながらベースを弾いた。そして思いつくままにメロディーを口にした。
 盛り上がってきた僕は、バスドラムの脇に置いておいたタンバリンを足に引っ掛け、空高く舞上げた。そしてそれを左手で受け取り、ベースの弦を叩いた。なんとも言えない雑音が混じり、僕の気分は上がっていく。
 昭夫のドラムセットには、ハイハットの下から横に突き出た棒にトライアングルがぶら下がっていて、そのトライアングルの中には一回り小さなトライアングルが、その中にもまた、それが五つ繰り返され、ど真ん中にぶら下がっている四角いガラスが揺れると、その音が全てのトライアングルに共鳴をする。その時々によって違う音色が、僕の耳には心地いい。
 ふと横を見ると、いつの間にか雄太がギターを弾きながら裸足になった足の指に挟んだマレットで鉄琴を叩いていた。布で包まれたマレットが叩き出す鉄琴の音は、柔らかい気分を与えてくれる。
 僕の放つメロディーには、自然と言葉が混じっていく。その時感じたことや目に映った感情やら情景やらが自然と言葉に変換される。楽しい! こんなに楽しいライブは初めてだった。
 そしていつしか、観客たちが笑顔になり、好き勝手に身体を揺らしていた。曲間やちょっとした間には歓声も飛んでくる。
 そろそろ終わりにしようかーと、ギターを掻き鳴らしながらエンケンが大声で歌いながらステージに戻ってきた。一際大きな声援が上がり、僕たちはエンケンと一緒に即興で一曲を楽しみ、ギターを掻き鳴らしながら歩いて去っていくエンケンの後に続いた。それぞれの楽器を抱えて。