京香の裸体を前に勃たない夜もあった。ひと月に一度しか部屋に来ないのは、オスとしての機能が衰えたからと納得もしていた。

まあ、お金はもらえてるし、いいけど。
マンションをあてがわれた分、振り込まれる金額が減ってはいたけど。

香ばしい匂いに京香は我に返る。目の前のカウンターには乳白色のカップが置かれていた。
中で黒い水面が波紋を立てていたが、すぐに収まってひさしからぶら下がる電球の光を映していた。


「ブルマンお待たせしました」


太めの取っ手をつまみ、ひとくちすする。
豊満な香りのあとに、口に広がるコクとまろやかな後味。
焙煎は濃いのにイヤミがなく、香りもすっきりしていた。

京香はコーヒーのうんちくは知らない。
でもこの味は好きだ、と思った。


「美味しい。ねえ、アンタ」
「アンタって。お客さん、ホント、口悪いですね」
「名前知らないもん、しょうがないでしょ」
「じゃあオレは森戸っていいます」
「ハイハイ。森戸くんは歳はいくつなの」
「28ですけど」


28、それは京香が愛人になった歳だ。
振り返れば、あの頃が大人になってから一番幸せな時間だった気がする。
お金もあって、女として充実していて、なに不自由なく暮らしていた自分。
納税者ランキングに名を連ねる浩一郎の愛人になって、巨万の富を得た気分だった。