「あっ、これかも。」
見つけたと思って、伸ばした先には、輪ゴムで束ねられていた写真の束が、いくつかあった。
「なに、これ……」
恐る恐るその写真を手に取ると、やはり温泉に行った時の写真だ。
「どうしてここに?捨てたって、言ってたのに。」
輪ゴムを外して、一枚一枚、その写真を見ていく。
そして、私は今までになかった程の、違和感を抱いた。
旅館で撮った写真。
そこに一緒に写っているのは……
「違う……賢人じゃない。」
賢人によく似ているけれど、違う人だ。
次を捲っても、やはり賢人によく似た、違う人。
「どういう……こと?」
私は錯覚を見ているんだろうか。
その時、家の電話が鳴った。
「誰?」
ビクビクしながら、電話機のディスプレイを見た。
それは、賢人の実家からの電話だった。
「はい……」
『ああ、珠姫さん?』
「……そうです。」
声の主は、賢人のお母さんだった。
『賢人、そっちへ行っていない?』
「いえ……今、仕事だと思います。」
『仕事?』
私の答え方が不味かったのか、賢人のお母さんは、黙ったままだ。
『あの子、今お友達の家に泊まっているって言ってたけれど、どのお友だちか、珠姫さん分かる?』
友達の家?
婚約者だと言うのに、友達の家に行くと、言っていたの?
『珠姫さん?』
「すみません。どのお友達か、検討がつかなくて。」
『そう。』
とても慌てている様子がした。
「あの、お急ぎでしたら、私からも賢人に連絡してみましょうか?」
私の心臓が、勝手に早くなった。
『そうね。お願いできないかしら。』
「はい。それで、何があったんですか?」
『あのね、』
『良人が、目を覚ましたの。』
「良人?」
『あなたの婚約者よ!』
私は受話器を置くと、急いで病院に駆けつけた。
『良人は、あなたの婚約者よ。』
それを聞いた時、私の中で何かが飛び散り、何かが固まった。
タクシーに乗っている間、“やっぱり”と言う気持ちと、“そんなの嘘”と言う思いが、交差する。
病院に着いて、お母さんに言われた病室を探すと、私はある事に気づいた。
その病室は、私が入院していた病室と、同じフロアにあったのだ。
一番奥の病室。
なぜ今の今まで、気づかなかったんだろう。
エレベーターの向こう側だったと言うのが、理由の一つだったとしても、退院する前なら、その向こうに行けたかもしれないのに。
自分を責めながら、ドアをノックして病室に入ると、その異様な雰囲気に、飲み込まれそうになった。
「珠姫さん!」
私を見つけてくれたお母さんは、涙がらに私を迎い入れてくれた。
「お母さん……ご連絡、有り難うございました。」
「いいの。それよりも珠姫さん!良人のところへ、行ってあげて。」
言われるがまま、私はベッドサイドの側に行った。
そこには、賢人によく似た人が、人工呼吸器を付けて、横になっていた。
「珠姫……」
弱々しい声で、私を呼ぶ声。
震える手を、私に伸ばしたその人。
私は直ぐに分かった。
この人が、あの温泉に行った時に、一緒に写真を撮った人。
私の恋人なんだと……
「お医者様もね、目を覚ましたのは、奇跡だって言うの。」
お母さんは、泣きながら私に説明してくれた。
「賢人にもな。こんな状態で、珠姫さんに教えるなって、何度も言われたから、教えるのも遅くなってしまって。」
付き添っていたお父さんも、涙を堪えきれず、溢れる涙を手で拭っていた。
「当たり前だろ……珠姫を置いて、先に死ねるかよ。」
掠れた声で、その人は呟く。
「良人……」
私は、良人の手を握った。
「ごめんなさい。私、今まで全然、ここに来れなくて。」
「いいんだ。聞いたよ……珠姫も、記憶が無くなっていたんだって?」
目が覚めたばかりなのに、私を気遣うなんて。
「良人………」
どうして、私はこんなにバカなんだろう。
良人の事を、ずっと忘れていたなんて。
「珠姫?」
「珠姫さん?」
良人もご両親も、私が突然泣き出して、驚いている。
「うわあああああ!」
賢人に抱いていた違和感。
それは、同じ人であって、同じ人ではない。
その記憶が、私の奥底で、燻っていた証拠。
それでも、愛した人を忘れていたなんて、なんて私は愚かなんだろう。
それだけが、私の心の中を支配し、私の中を罪悪感で、満たした。
『良人。今日は晴れてよかったね。』
『ああ、そうだね。珠姫の仕事も、無事みつかったし。よかった、よかった。』
あの時、車を運転していたのは、賢人ではなく良人。
大事な話があると言われ、何となく、検討はついていた。
『さあ、降りて降りて。ここ、いい景色なんだ。』
『もしかして、ここが目的?』
『一つ目はそう。』
山と曲がりくねった道、青空でさえ、私の気持ちをウキウキさせていた。
『うーん。気持ちいい!』
『どう?気に入った?』
『うん!でも、もうちょっと、何かあったらなぁ。』
私は、わざと良人に意地悪を言った。
『贅沢だな。何かって、何?』
『そうだなー。虹とか。』
『虹?さすがに、自然現象は“はい“って、用意できないでしょ。』
そして、その後。
良人が私の前で膝間付いた時も、
『これ……婚約指輪。』
私は両手で顔を押さえながら、待ち望んだ言葉に、感激していた。
『……受け取ってくれますか?』
『もちろん!』
私は良人に抱きつき、その後唇を重ね、私達は最高のプロポーズの思い出に、酔いしれていた。
『珠姫。もう少し上に行ってみようか。』
『うん。こんなに天気がいんですもの。頂上からの眺めは、相当綺麗なはずよ。』
私と良人は、再び車に乗ると、丘の頂上を目指して、車を走らせた。
『気持ちいいねぇ。』
『うん。』
雲行きが怪しくなったのは、曲がりくねった道の向こうに、トラックを見つけた時だ。
『なんだ?あのトラック。危ないな。』
『本当だ。フラフラしている。』