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 昨年の十二月、冬休みの最中のこと。
 雪の降るその日、私の通っている高校の校庭で一人の少女が遺体となって発見された。
 事件のきっかけは、二人の少女が交わした約束だった。

『雪が降ったら、誰もいない校庭で遊ぼうよ。二人きりで思う存分!』

 それは、少女達の純粋な好奇心。ただそれだけだった。そして、待ち望んだ約束の日に事件は起きた――――。
 その日は、都心で稀に見る大雪で、交通機関が大幅に乱れてしまい、一人の少女が待ち合わせの時間に遅れて学校に着いた。彼女は、先に到着しているはずの友達の姿を探したが、見つからず、こう考えた。

 もしかしたら、先に校庭に行っているのかもしれない。

 彼女は意気揚々と校門の柵を乗り越えた。そして、引き寄せられるように校庭へ向かうと、彼女の想像通り、そこは白銀で埋め尽くされていた。

 ――――ただ一カ所を除いては。

『――――えっ』

 あれほど楽しみにしていた光景だったのに、彼女は笑顔の一つも浮かべず、呆然と呟いた。震える足で、『赤色の塊』が置かれた中心へ向かう。瞳には既に涙が滲んでいた。

 嫌だ、嫌だ。これは夢だ。だって、おかしいじゃないか。あの子が、私のあの子が、そんな。ありえない。嫌だ。

 彼女は、心の中で何度もこれは夢なのだと言い聞かせた。だが、ついに耐え切れず、叫んでしまう。

『ほ、穂波ぃぃぃぃいい――――ッ!』

 探していた友達の名前を叫んで、声が枯れるほどの悲鳴を上げた。縺れる足を無理矢理に引き摺って、雪の上に血塗れで倒れている友達の元へ駆け寄った。寒さでかじかんだ指先で、血の気のない少女の頬に触れる。

 少女の首から下は、数え切れないほどの裂傷で埋め尽くされていた。

『返事をして、お願い、お願いッ』

 彼女は座り込んで、冷たい雪の上から少女の身体を抱き上げた。その身体は完全に冷え切ってしまっていて、生気を感じられない。
 彼女は、持っていた携帯電話を取り出して、すぐさま救急車を呼んだ。嗚咽混じりの声で、今いる場所と傷ついている親友の名前を必死で叫んだ。だが、その時、腕の中の少女の唇から、夥しい量の血液が勢いよく吐き出された。

 ――――ぅ、ず、ぁ。

 聞こえたのは、苦しみに喘ぐ親友の声。
 雪の上に、携帯が音もなく落ちていく。

 彼女は、自分を呼んでいるのだとすぐに気がついた。一度だけ聞こえたその声に応えるように、彼女は何度も少女に呼びかける。

 言葉を交わす余裕はなかった。閉じられていた少女の瞼が睫毛を揺らして、薄く開く。目線が合っているのかもわからない。それでも、彼女は親友の手を握った。何度も呼んだ。

『穂波、穂波。大丈夫、ここにいるよ。遅れてごめんね。もう絶対に一人にしないから。だから、大丈夫だからね』

 彼女は、懸命に少女の意識を繋ごうとした。呼吸もままならないほど混乱し、取り乱しながらも親友の手を握り続けた。そんな彼女に少女は虚ろな視線を向ける。

 そして、最期に微笑んだ。

 ――――救急隊と警察が駆けつけたのは、少女が息を引き取ってから三十分以上経った後のことだった。

 何者かの手により、殺害された少女の名は、相田穂波。
 そして、少女を抱き締めたまま泣き叫んでいたもう一人の少女、それが『私』だ。

***

「あの子の人生を奪った犯人の手がかりを探す。それが、残された私がやるべきこと」

 穂波は、私の腕の中で死んでいった。
 彼女は、殺されたのだ。

「……やっと、現実を見られたよ」

 彼女の死を受け入れる。その上で動くと自分で決めた。
 あれほど無残に殺された親友の死に何の理由もないわけがない。

「茜さんがいなかったら、私は今でも嘆くばかりだった。ありがとう、茜さん」
「鈴葉……」

 茜は目を細めて、静かに私の頬に手を添えた。

「……相田さんを殺した犯人はまだ捕まってないし、ほとんど証拠も見つかってない。お前の気持ちは十分わかるよ。だけど、危険過ぎる。警察に任せるのが一番いい」
「そうだね、私に出来ることなんて何もないかもしれない。だけど、そうしないと、私は……穂波に胸を張って生きられないよ」

 私がしようとしていることは、子供染みた身勝手だ。誰にも賛同してもらえる行為ではない。私一人が足掻いたところで、犯人が捕まるとも思ってはいない。だが、何もしないまま時が過ぎて行って、彼女の死自体がなかったことになってしまうくらいなら、幾らでも足掻いてやる。醜くても、情けなくても、何でもする。

「私、あの日からずっと考えてた。どうして、私だけが穂波の死を忘れられないのかって。でも、理由は簡単だったんだ」

 私の瞳から零れ落ちた涙が、茜の手を伝って落ちていった。

「だって、私は穂波の友達だもん。友達が殺されたのに、何もなかったように振る舞えるほど、私にとってあの子の存在は軽くない。忘れられるわけがなかったんだよ」

 私の言葉を聞いて、茜は唇を噛み締めた。涙を堪える彼を見て、私は微笑みを向ける。
 彼はきっと了承しないだろう。だが、私は――――。

「わかった」
「えっ」
「俺も一緒にやる!」

 茜は私の両手を掴んで、輝く瞳でそう言った。私は引き攣った笑みを浮かべて、彼を見た。