***
十六歳の冬、私はかけがえのない人を失った。幼い頃からずっと一緒にいて、これから先の未来も一緒にいるはずだった大切な友達。
彼女の無念を晴らそうと、私は『彼』と共に前へ進んだ。だが、その先にあった答えは残酷で、そして――――私が愛した人を奪っていった。
親友が抱えていた悩みは、私には結局最後までわからなかった。だが、もしかしたら、私と同じ思いだったのかもしれないと今は思う。生き残ったことを後悔して、大切な人の死がずっと胸の奥で燻り続けて、それが爆発したのではないだろうか。中学生の時、橋の上から飛び降りようとした彼女に私はもっと歩み寄るべきだったのだ。私にとって『彼』が支えであったように、彼女にも支えが必要だった。あんな男ではなく、私がそうするべきだった。それは、今も後悔している。この先も、後悔し続ける。『彼』を守り切れなかったことを、ずっと。
息子を刺した須崎はじめは、その場で現行犯で逮捕され、その後、全ての罪を認めて自供した。相田穂波の殺人に関しても認め、多くの余罪が明らかになった。彼の裁判は現在も続いている。
私から全てを奪ったあの男を私は一生恨むだろう。
「でも、それでもいいよね……?」
私は彼女の眠る『お墓』に花を手向けて、そう尋ねた。
「ごめんね。私はまだあの男を許せない」
私の親友は――――穂波は、私を守る為にあの日、私よりも先に学校へ行ったそうだ。須崎はじめがそう自供した。自殺を拒否した彼女にあの男は脅しをかけたのだ。私の命を盾に。だが、はじめは、彼女が呼び出しに応じたにも関わらず、前の晩に私を殺したなどと嘘を吐き、絶望の中で彼女を何度も斬りつけた。穂波の苦しみを思うと私は今でもあの男に殺意が湧く。
「穂波はさ、あの人のこと好きだったの?」
卒業アルバムに隠されていた彼女のノートには、所々、そんな感情が滲み出ていたようにも思える。
「生まれ変わったら、もっとたくさん話そう。好きな人のことも、全部」
私達はずっと一緒にいたけれど、知らないこともたくさんあった。
「話したいことたくさんあるの。次に出会ったら、笑顔で手を振るよ。だから、まだ……まだもう少しだけ、ここで泣いてもいいかな?」
親友が去り、『彼』が眠り、私は再び一人きりになってしまった。
***
「鈴葉ちゃんのお兄ちゃんってどんな人?」
「え?」
今年で十歳になる少女が私を見上げてそう尋ねた。私は数回瞬きを繰り返してから、少女に笑いかけた。
「どんな人って……佐奈ちゃんも会ったことあるでしょ?」
「覚えてないよー」
「ふふっ、そっかぁ」
彼女は当時五歳。確かに記憶は薄れてしまっていてもおかしくはない。
「ねえ、ねえ、どんな人!」
「うーん、そうだな」
私は、目の前のベッドで横たわる『青年』を見つめて、答える。
「……寂しい人だったよ」
「寂しい?」
「うん。皆はそう思わなかっただろうけど、私にはいつも彼が辛そうに見えていたの」
彼は、幼い頃、母親を置いて行ってしまったことで罪悪感を抱いていた。私が彼の母の立場であっても、彼を逃がしたと思う。彼を恨むはずがないのに、彼は自分を責め続けていた。私には、彼の気持ちが痛いほどわかった。穂波を失った私を見て、彼が私を見捨てられなかったのは、きっとそれが大きな理由だろう。
「私と彼はね、出会う運命だったのよ。家族として、一人の人間として、彼と……」
「んー、難しい!」
佐奈はにこっと笑って、頬を掻いた。私は彼女に微笑み返して、小さな頭を撫でる。
「そろそろ綾さんのところに行こうか」
「うん!」
佐奈と手を繋いで病室を出ると、ちょうど診察を終えてこちらに向かって来ていた綾と目が合った。
「ママ!」
「病院で大きな声を出さないのー」
「どうでした?」
「うん、順調。もう安定期に入ったって」
「よかったー!」
「鈴葉ちゃん! 声大きいよ!」
「あっ、ごめん」
「コラッ! 佐奈!」
「あ、綾さん、声が……!」
「あ、あら……ごめんなさいね……」
綾は、去年の暮れに妊娠した。佐奈は再び赤ん坊の姉となるのだ。妹がいたことは忘れてしまっているかもしれないが、彼女ならきっと優しいお姉さんになるだろう。
「いつも佐奈を見ててくれてありがとうね、鈴葉ちゃん」
「いいえ、相手をしてもらっているのは私の方ですから」
そう言って、背後の病室に目を向けて、困ったように笑った。
「話相手になってもらえて助かってますよ。一人で病室にいると、やっぱりどうしても……泣きたくなっちゃうので」
情けないですけれど。と付け足して微笑んだ。
「お兄さんは、相変わらずなのね」
「……ええ」
病室には、『須崎つぎと』と書かれたプレートが填められていた。私は名前の部分を指でなぞる。
「全くもう……五年も眠り続けて、飽きないんですかね? うちの兄は」
「……絶対に目覚めるわ」
綾が私の手を強く握る。
「大丈夫よ」
「はい、私も信じてます」
綾と佐奈を見送って、私は病室へ戻った。ぴくりともしない彼を見下ろして、ぐっと唇を噛む。
「ねえ、茜さん。皆、心配してるよ」
言葉は返って来ない。
「おばさんも明日来てくれるって」
凛々子は、ほとんど毎日病室にいる私を見かねて、時々、話相手に来てくれるのだ。
「ねえ、茜さん。いつになったら、私のところに戻って来てくれるの?」
彼の髪を指で撫でた時だった。そこに、何か落ちているのに気づく。
「……これって、佐奈ちゃんのヘアゴム?」
私は慌てて病室を飛び出して、母娘の後を追いかけた。
「佐奈ちゃんッ」
「鈴葉ちゃん、どうしたの?」
車に乗り込むところだった二人を引き止めて、私は佐奈にヘアゴムを差し出した。
「これ! 忘れ物!」
「あー! ありがとうー!」
「ごめんね、わざわざ!」
「いいえ!」
再び別れの挨拶をして、病院へ引き返そうとした時だった。
――――ポツ、ポツ。
「あっ、雨だ! ママ、天気雨だよ!」
「そうねぇ、あら綺麗」
夕陽に雨がかかっているのを見て、綾は目を細めてそう言った。そんな彼女の隣で、佐奈が不思議そうに私の顔を覗き込んだ。
「あれ、鈴葉ちゃん、泣いてるの?」
私は、懐かしいその光景にいつの間にか涙を零していた。
あの日と同じように夕暮れに雨がかかっている。それを見た瞬間、彼の言葉が雪崩のように流れ込んできた。
――――俺を助けてくれた女の子に生きていてほしいと望んだらだめか?
――――お前を置いてはどこへも行けない。
――――愛してるんだ、お前を。
茜がくれた全ての言葉が私の胸を満たしていく。
「ねえ、知ってる? 佐奈ちゃん」
私は涙を拭って彼女に笑いかける。
「これってね、『夕暮れが泣いてる』って言うんだよ」
「泣いてるの? 夕暮れが?」
「そう。素敵でしょ」
「んー、わかり辛い! だけど、ちょっとかっこいいね!」
「そうでしょ? ちょっとね、ふふっ」
再び、彼女達と別れて、私は病院内へ戻った。雨はあっという間に止んでしまい、夕陽も沈みかけていた。私を思い出に浸らせる暇すら与えてくれない。
茜の病室の扉を開き、洗面に置いてあるタオルを取って髪を拭いた。そして、頭にタオルを被せたまま、椅子に座る。
「夕暮れが泣いたら、また、あなたの声が聞ける?」
それなら、私が。
「私が泣かせてあげようか?」
だから、お願い。
「起きてよ……」
タオルに涙が滲んだ、その時。
「――――やっぱり綺麗だよな、あれ」
(えっ)
触れてもいないのに、タオルが床に落ちた。そして、私の視界に飛び込んできたのは――――。
「茜、さん」
待ち望んでいた人の笑顔だった。痩せた頬がゆっくりと動いて笑みを刻む。
私は震える指先で、起き上がっている彼の頬に触れた。
「あ……茜……ほんとに茜?」
「気づくの遅いぞ。お前が入って来る前からこの状態だったのに、タオルで顔隠しちゃうしさー、お前」
「だ、だって」
「てか、待って。水をくれ」
私は慌てて冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してコップに注ぐと、彼の口元まで持っていった。彼はゆっくり一口ずつ口に含む。
「ふー、生き返った」
起き上がり、声を発する茜を見つめて、私は暫くの間、固まった。
「どうした? 鈴葉」
私は無言でナースコールを押す。
「……茜さん、私を見て何かに気づきませんかね」
「……一、二年は経ってるか?」
「五年だよッ!」
私は彼を抱き締めて、その肩に顔を埋めた。そして、溢れ出す涙を堪えもせず、子供のように泣きじゃくった。
「馬鹿馬鹿馬鹿ぁああッ! うぁああんッ!」
「な、泣くなよ……」
「ずっと待ってた……!」
あの日から、ずっと。
「……俺も。お前に会えるのを待ってたよ」
いつかと同じように額と額を重ね合わせて、私は唇を開いた。
「愛しています、茜さん」
ずっと、そう伝えたかった。何年もずっと。
「うん……俺も愛してる、鈴葉」
「――――須崎つぎとさん」
「えっ?」
「私と結婚して、家族になってくれませんか?」
「はっ? え、あの、ど、ええ?」
私は、彼が目を覚ましたら、この言葉を言うと決めていた。
「このタイミングでそれを言うかー……」
「言うよ。だって愛してるもん」
「パワーアップしすぎだよ、お前……」
「で? お返事は?」
茜は私に呆れながら、笑った。そして、私の頬に唇を寄せて――――。
「はい」
十六歳の冬、私はかけがえのない人を失った。幼い頃からずっと一緒にいて、これから先の未来も一緒にいるはずだった大切な友達。
彼女の無念を晴らそうと、私は『彼』と共に前へ進んだ。だが、その先にあった答えは残酷で、そして――――私が愛した人を奪っていった。
親友が抱えていた悩みは、私には結局最後までわからなかった。だが、もしかしたら、私と同じ思いだったのかもしれないと今は思う。生き残ったことを後悔して、大切な人の死がずっと胸の奥で燻り続けて、それが爆発したのではないだろうか。中学生の時、橋の上から飛び降りようとした彼女に私はもっと歩み寄るべきだったのだ。私にとって『彼』が支えであったように、彼女にも支えが必要だった。あんな男ではなく、私がそうするべきだった。それは、今も後悔している。この先も、後悔し続ける。『彼』を守り切れなかったことを、ずっと。
息子を刺した須崎はじめは、その場で現行犯で逮捕され、その後、全ての罪を認めて自供した。相田穂波の殺人に関しても認め、多くの余罪が明らかになった。彼の裁判は現在も続いている。
私から全てを奪ったあの男を私は一生恨むだろう。
「でも、それでもいいよね……?」
私は彼女の眠る『お墓』に花を手向けて、そう尋ねた。
「ごめんね。私はまだあの男を許せない」
私の親友は――――穂波は、私を守る為にあの日、私よりも先に学校へ行ったそうだ。須崎はじめがそう自供した。自殺を拒否した彼女にあの男は脅しをかけたのだ。私の命を盾に。だが、はじめは、彼女が呼び出しに応じたにも関わらず、前の晩に私を殺したなどと嘘を吐き、絶望の中で彼女を何度も斬りつけた。穂波の苦しみを思うと私は今でもあの男に殺意が湧く。
「穂波はさ、あの人のこと好きだったの?」
卒業アルバムに隠されていた彼女のノートには、所々、そんな感情が滲み出ていたようにも思える。
「生まれ変わったら、もっとたくさん話そう。好きな人のことも、全部」
私達はずっと一緒にいたけれど、知らないこともたくさんあった。
「話したいことたくさんあるの。次に出会ったら、笑顔で手を振るよ。だから、まだ……まだもう少しだけ、ここで泣いてもいいかな?」
親友が去り、『彼』が眠り、私は再び一人きりになってしまった。
***
「鈴葉ちゃんのお兄ちゃんってどんな人?」
「え?」
今年で十歳になる少女が私を見上げてそう尋ねた。私は数回瞬きを繰り返してから、少女に笑いかけた。
「どんな人って……佐奈ちゃんも会ったことあるでしょ?」
「覚えてないよー」
「ふふっ、そっかぁ」
彼女は当時五歳。確かに記憶は薄れてしまっていてもおかしくはない。
「ねえ、ねえ、どんな人!」
「うーん、そうだな」
私は、目の前のベッドで横たわる『青年』を見つめて、答える。
「……寂しい人だったよ」
「寂しい?」
「うん。皆はそう思わなかっただろうけど、私にはいつも彼が辛そうに見えていたの」
彼は、幼い頃、母親を置いて行ってしまったことで罪悪感を抱いていた。私が彼の母の立場であっても、彼を逃がしたと思う。彼を恨むはずがないのに、彼は自分を責め続けていた。私には、彼の気持ちが痛いほどわかった。穂波を失った私を見て、彼が私を見捨てられなかったのは、きっとそれが大きな理由だろう。
「私と彼はね、出会う運命だったのよ。家族として、一人の人間として、彼と……」
「んー、難しい!」
佐奈はにこっと笑って、頬を掻いた。私は彼女に微笑み返して、小さな頭を撫でる。
「そろそろ綾さんのところに行こうか」
「うん!」
佐奈と手を繋いで病室を出ると、ちょうど診察を終えてこちらに向かって来ていた綾と目が合った。
「ママ!」
「病院で大きな声を出さないのー」
「どうでした?」
「うん、順調。もう安定期に入ったって」
「よかったー!」
「鈴葉ちゃん! 声大きいよ!」
「あっ、ごめん」
「コラッ! 佐奈!」
「あ、綾さん、声が……!」
「あ、あら……ごめんなさいね……」
綾は、去年の暮れに妊娠した。佐奈は再び赤ん坊の姉となるのだ。妹がいたことは忘れてしまっているかもしれないが、彼女ならきっと優しいお姉さんになるだろう。
「いつも佐奈を見ててくれてありがとうね、鈴葉ちゃん」
「いいえ、相手をしてもらっているのは私の方ですから」
そう言って、背後の病室に目を向けて、困ったように笑った。
「話相手になってもらえて助かってますよ。一人で病室にいると、やっぱりどうしても……泣きたくなっちゃうので」
情けないですけれど。と付け足して微笑んだ。
「お兄さんは、相変わらずなのね」
「……ええ」
病室には、『須崎つぎと』と書かれたプレートが填められていた。私は名前の部分を指でなぞる。
「全くもう……五年も眠り続けて、飽きないんですかね? うちの兄は」
「……絶対に目覚めるわ」
綾が私の手を強く握る。
「大丈夫よ」
「はい、私も信じてます」
綾と佐奈を見送って、私は病室へ戻った。ぴくりともしない彼を見下ろして、ぐっと唇を噛む。
「ねえ、茜さん。皆、心配してるよ」
言葉は返って来ない。
「おばさんも明日来てくれるって」
凛々子は、ほとんど毎日病室にいる私を見かねて、時々、話相手に来てくれるのだ。
「ねえ、茜さん。いつになったら、私のところに戻って来てくれるの?」
彼の髪を指で撫でた時だった。そこに、何か落ちているのに気づく。
「……これって、佐奈ちゃんのヘアゴム?」
私は慌てて病室を飛び出して、母娘の後を追いかけた。
「佐奈ちゃんッ」
「鈴葉ちゃん、どうしたの?」
車に乗り込むところだった二人を引き止めて、私は佐奈にヘアゴムを差し出した。
「これ! 忘れ物!」
「あー! ありがとうー!」
「ごめんね、わざわざ!」
「いいえ!」
再び別れの挨拶をして、病院へ引き返そうとした時だった。
――――ポツ、ポツ。
「あっ、雨だ! ママ、天気雨だよ!」
「そうねぇ、あら綺麗」
夕陽に雨がかかっているのを見て、綾は目を細めてそう言った。そんな彼女の隣で、佐奈が不思議そうに私の顔を覗き込んだ。
「あれ、鈴葉ちゃん、泣いてるの?」
私は、懐かしいその光景にいつの間にか涙を零していた。
あの日と同じように夕暮れに雨がかかっている。それを見た瞬間、彼の言葉が雪崩のように流れ込んできた。
――――俺を助けてくれた女の子に生きていてほしいと望んだらだめか?
――――お前を置いてはどこへも行けない。
――――愛してるんだ、お前を。
茜がくれた全ての言葉が私の胸を満たしていく。
「ねえ、知ってる? 佐奈ちゃん」
私は涙を拭って彼女に笑いかける。
「これってね、『夕暮れが泣いてる』って言うんだよ」
「泣いてるの? 夕暮れが?」
「そう。素敵でしょ」
「んー、わかり辛い! だけど、ちょっとかっこいいね!」
「そうでしょ? ちょっとね、ふふっ」
再び、彼女達と別れて、私は病院内へ戻った。雨はあっという間に止んでしまい、夕陽も沈みかけていた。私を思い出に浸らせる暇すら与えてくれない。
茜の病室の扉を開き、洗面に置いてあるタオルを取って髪を拭いた。そして、頭にタオルを被せたまま、椅子に座る。
「夕暮れが泣いたら、また、あなたの声が聞ける?」
それなら、私が。
「私が泣かせてあげようか?」
だから、お願い。
「起きてよ……」
タオルに涙が滲んだ、その時。
「――――やっぱり綺麗だよな、あれ」
(えっ)
触れてもいないのに、タオルが床に落ちた。そして、私の視界に飛び込んできたのは――――。
「茜、さん」
待ち望んでいた人の笑顔だった。痩せた頬がゆっくりと動いて笑みを刻む。
私は震える指先で、起き上がっている彼の頬に触れた。
「あ……茜……ほんとに茜?」
「気づくの遅いぞ。お前が入って来る前からこの状態だったのに、タオルで顔隠しちゃうしさー、お前」
「だ、だって」
「てか、待って。水をくれ」
私は慌てて冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してコップに注ぐと、彼の口元まで持っていった。彼はゆっくり一口ずつ口に含む。
「ふー、生き返った」
起き上がり、声を発する茜を見つめて、私は暫くの間、固まった。
「どうした? 鈴葉」
私は無言でナースコールを押す。
「……茜さん、私を見て何かに気づきませんかね」
「……一、二年は経ってるか?」
「五年だよッ!」
私は彼を抱き締めて、その肩に顔を埋めた。そして、溢れ出す涙を堪えもせず、子供のように泣きじゃくった。
「馬鹿馬鹿馬鹿ぁああッ! うぁああんッ!」
「な、泣くなよ……」
「ずっと待ってた……!」
あの日から、ずっと。
「……俺も。お前に会えるのを待ってたよ」
いつかと同じように額と額を重ね合わせて、私は唇を開いた。
「愛しています、茜さん」
ずっと、そう伝えたかった。何年もずっと。
「うん……俺も愛してる、鈴葉」
「――――須崎つぎとさん」
「えっ?」
「私と結婚して、家族になってくれませんか?」
「はっ? え、あの、ど、ええ?」
私は、彼が目を覚ましたら、この言葉を言うと決めていた。
「このタイミングでそれを言うかー……」
「言うよ。だって愛してるもん」
「パワーアップしすぎだよ、お前……」
「で? お返事は?」
茜は私に呆れながら、笑った。そして、私の頬に唇を寄せて――――。
「はい」