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「やあ、鈴葉ちゃん。その様子だと急いで来てくれたみたいだな?」
「気安く呼ばないで下さい」

 私は校庭で佇む男を睨んだ。彼はにこにこと笑うばかりで、何でもないことのように話し続ける。

「今日が休校日でよかったよ。簡単に入れた」
「……自分が何をしたのかわかっているんですか?」
「んー? 何って?」

 震える拳を握り締めて、私ははじめに近づいた。

「あなたは、私の親友を殺した。死んでも償い切れない罪を犯したのに、平然と私達の前に現れて……!」
「罪だって?」

 その瞬間、はじめの瞳がぐるりと回って、乾いた笑いを吐き出した。

「人が人を殺しただけだろ? 何でそれが罪なんだ?」
「何言ってるんですか、あなたは……」

 彼は、人の命の重さをまるで理解していない。

「わからないんですか……!」
「うん」
「……イカレてる」
「そうかもね。でもねぇ、鈴葉ちゃん。君がどんなに否定したって、つぎとは俺の息子だよ。本質は俺と同じ人殺しだ。我慢をしているだけさ」
「ッ、茜さんとあなたを一緒にしないで!」
「八年も一緒に暮らしてきて思い当たる点は一つもないのか? あいつ得意だろ? 隠したり、笑ったり、平静を装うのが」

 この男に人間の常識は何一つ通用しないと悟った。この人は、面白ければ自分の息子を傷付けても構わないような人間なのだ。
 自分の中にあるこの男の血を恐れていた茜の泣き顔が脳裏に浮かんだ。

「茜さんは渡さない」
「――――何?」
「彼を取り戻しに来たんじゃないですか?」
「どういう意味だ?」

 はじめは、唇に笑みを浮かべて首を傾げる。

「あなたは、ボロボロになって全てを失った茜さんに自分と同じ道を歩ませるつもりなんでしょう」
「凄い洞察力だな」
「させませんよ。あの人は私が守る」
「守る……ねぇ?」
「……何ですか」

 はじめは笑いを堪えて、私を見つめた。

「一番最初につぎとを傷付けたのは君だろうに」
「え……ッ?」
「あいつの名前付けたの君だろ」
「それが何ですか!」
「自分の死んだ母親の名前でさぁ、よく生きられるよなぁ、あいつ」

(何、だと――――?)

「『茜』はつぎとの母親の名前だよ」

 それが本当なのだとしても。

「……それで彼が傷付いたと?」

 幼い日の彼が書いた最後の日記を思い出して、私は唇に笑みを浮かべた。

「私と茜さんの思い出にあなたが口を挟めるとでも?」

 ピクッと男の眉が動いた。そして、笑みを消し去って話す。

「むかつく女だな、君も穂波も」

 穂波の名前が出た瞬間、私は怒りで顔を歪ませた。

「穂波に何を拭き込んだのよ……! どうしてあの子を狂わせたの!」
「勝手に狂ったのはあいつだよ。死にたいって言うから色々教えてあげたのに、約束の日になってからやっぱりやめるなんて言われたら、そりゃあ当然、腹が立つだろ?」

 穂波は、私にも言えないような悩みをずっと抱えて生きていたのに、私はそれに気づいてあげられなかった。

「やっぱり穂波は……自殺をしようとしていたんですね」
「そうだよ。させるつもりはなかったけど」

 男の表情に笑顔が戻る。

「だって、それじゃ俺が殺せないだろ?」
「ッ、初めから、あの子を殺すつもりで近づいたのッ?」
「もちろん。一番仲のいい女の子がいることも知ってたしね。しかもその子は息子の妹。最高に面白いだろ!」

 穂波はきっとこの男を信じていたのだろう。だが、彼の本性に気づいて、逃げようとした。それをこの男は――――切り刻んで、刺し殺した。

「穂波を利用したんですね……!」
「あの子はずっと死にたがってた。父を亡くしてからずっとね。だから、手伝ってあげようとしただけなのに……君は随分怒りやすいな?」

 穂波はこんな男の狂った欲望の為に命を奪われたというのか。そんなこと許せない。

「ねえ、それで? どうだった?」
「は……?」
「相田穂波を見つけた時、嬉しかった? 楽しかった?」

 心底わくわくした顔で、はじめは私の肩を掴んだ。私はビクッと身体を揺らして、男を見上げる。

「足跡がたくさん残っていたのを君なら見ることが出来たんじゃないか?」
「ッ」
「あれはね、あの子が君を探した証だよ」

 内緒話をするように唇に指を当てて、彼は笑う。

「『昨晩、桑原鈴葉を包丁で刺した。死体はもう雪の下かもね』」
「なっ」
「そう言ったら彼女、必死に校庭を歩き回って君を探してたよ?」
「――――ッ!」