「……親が人を殺したからって、その子供まで罪を背負うの……? そんなのおかしい……」
「……鈴葉……」
茜が私の手を掴んだ。そして、鞄を拾い上げると、私の手を引いて教室を出た。廊下に貼られているチラシには目も向けず、彼は昇降口で靴を履き替える。
「……見ただろ」
「え……」
「俺に未来はないし、俺といたらお前まであの目で見られる」
私は彼の手を掴んで、首を横に振る。
「私は気にしない」
「俺は気にする。あの目が怖くて堪らないんだ」
彼は、苦しそうにそう言って、私の手を離した。
「あれは……俺だよ。父親を見る、小さい頃の俺の目なんだ」
その場にしゃがみ込んだ彼は、涙を隠すように腕で顔を隠した。
「俺は人殺しの息子だ……そんな俺がまともに生きていけるわけがなかったんだ。鈴葉を救おうだなんて……俺は……思っちゃいけなかったのにッ」
「茜さん……」
「ごめんな」
「……私が何度だって助けに行く」
「……す、ずは」
彼がどれだけ隠しても、私にはわかる。
茜は私を見上げると、涙を零した。
「でも、皆が言うように……俺もそうなったらどうしよう。そしたら、お前はどうする? 鈴葉」
不安に押し潰されそうになりながら、彼は私に縋った。
「怖いんだ」
「茜さん……」
「怖いよ、鈴葉……俺は、俺はもうこれ以上……生きていく自信がないッ」
私が死を選ぶ度、彼もこんな気持ちで私を助けようとしていたのだろうか――――。
「やめて」
彼の身体を強く抱いて、私は言う。
「もう、やめて」
父のようになるのが恐ろしいとすすり泣く茜を気がついたら抱き締めていた。今にも罪悪感で押し殺されてしまいそうな彼を、覆い隠すように抱き締める。
茜が望むなら、この命が一緒に消えてしまってもいい。
「大丈夫、茜さんは誰も殺せないよ」
「そんなの……わからないだろ」
「私が殺させない」
確かな口調でそう言った。
「それでも、もう本当に無理なら――――本当に今すぐ死にたいのなら、私と一緒に死のう」
私の笑顔を見て、茜の涙が止まった。
「鈴葉……」
「私はいつでも茜さんと一緒に死んであげられる」
彼と一緒なら、穂波もきっと怒らない。
「……本当に……いいのか?」
「うん。だから、茜さんも誓って」
目を閉じて、彼と額を重ね合わせる。
「負けないって約束して」
「……わかった。約束する」
一体、誰がどんな目的で茜の過去を晒したのかはわからないが、穂波の事件と関係がないとは思えなかった。
迫りつつある真実を睨んで、私は茜を抱き締めた。
***
「茜さん!」
「ん、おはよう。鈴葉」
「ねえ、今日は学校行かないよね?」
「今日っていうか、暫くは行かないぞ。ほとぼりが冷めるまではな」
私は彼の言葉を聞いて大きく瞬きをすると、満面の笑みを浮かべた。
「本当っ?」
「お前に教科書とか滅茶苦茶にされちゃったし」
「あっ」
「あの後、母さんが学校まで出向いて色々やってくれたらしいけど」
「色々って?」
「学園長に怒鳴り込み」
「えッ」
母がそんなことをするとは意外だった。息子が学校で大規模な嫌がらせを受けていたのだから、当然と言えば当然なのだろうが。
「じゃあ、今日は暇なの?」
「まあ、暇だな」
「私、凛々子さんに会いに行こうと思うんだけど、茜さんはどうする?」
「俺も行く! その前に商店街寄ってもいい?」
「いいよ」
私達は支度を済ませた後、二人で家を出た。
近所の商店街を歩いていると、本屋を見つけた茜の瞳が輝いた。
「あった……! 新刊……!」
「待ってるから見ておいでよ」
「いいのかッ? じゃあちょっとだけ行って来る!」
「はいはい」
茜の読んでいる雑誌は独特でよくわからない。
私は本屋の前で携帯を弄りながら、彼が戻るのを待った。
「こんにちはー」
「えっ?」
突然声をかけられて顔を上げると、そこには以前会った上下ジャージの男がいた。
「こ、こんにちは」
「本買いに来たのか?」
「はい、連れが」
「ふーん。あ、そうだ。この間のわかった?」
微笑んで尋ねられる。
「この間のって……?」
「須崎つぎと」
そうだ。確かその名前の少年を知っているかと聞かれたのだった。だが、あの時、私はその場で答えたはずなのだけれど。
「知りません。あの……まだ見つかってないんですか?」
「んー? そうかも?」
「え?」
「いやぁ、うん。また来るよ」
そう言って男は路地に入って行った。
「変な人……」
「鈴葉」
「うわッ」
いつの間にか私の背後にいた茜を見上げて、私は跳ね上がった心臓を落ち着かせようと深呼吸をした。
「もう! 驚かせないでよ!」
「鈴葉、今の男とは二度と会っちゃだめだ。声を聞いてもいけない」
彼の目は、ジャージ男が消えていった路地に向けられている。
「万が一、またお前の目の前に現れたら、その時は――――……」
茜の目がゆっくりとこちらを見た。
「何をしてでも、逃げろ」
「どういうこと……? 今の男の人知ってるの?」
「今日は帰ろう」
「えっ? ちょ、茜さんっ?」
一体、どうしたと言うのだろうか。
私は疑問に思いつつも、彼の横に並んで、家に帰った。
「……鈴葉……」
茜が私の手を掴んだ。そして、鞄を拾い上げると、私の手を引いて教室を出た。廊下に貼られているチラシには目も向けず、彼は昇降口で靴を履き替える。
「……見ただろ」
「え……」
「俺に未来はないし、俺といたらお前まであの目で見られる」
私は彼の手を掴んで、首を横に振る。
「私は気にしない」
「俺は気にする。あの目が怖くて堪らないんだ」
彼は、苦しそうにそう言って、私の手を離した。
「あれは……俺だよ。父親を見る、小さい頃の俺の目なんだ」
その場にしゃがみ込んだ彼は、涙を隠すように腕で顔を隠した。
「俺は人殺しの息子だ……そんな俺がまともに生きていけるわけがなかったんだ。鈴葉を救おうだなんて……俺は……思っちゃいけなかったのにッ」
「茜さん……」
「ごめんな」
「……私が何度だって助けに行く」
「……す、ずは」
彼がどれだけ隠しても、私にはわかる。
茜は私を見上げると、涙を零した。
「でも、皆が言うように……俺もそうなったらどうしよう。そしたら、お前はどうする? 鈴葉」
不安に押し潰されそうになりながら、彼は私に縋った。
「怖いんだ」
「茜さん……」
「怖いよ、鈴葉……俺は、俺はもうこれ以上……生きていく自信がないッ」
私が死を選ぶ度、彼もこんな気持ちで私を助けようとしていたのだろうか――――。
「やめて」
彼の身体を強く抱いて、私は言う。
「もう、やめて」
父のようになるのが恐ろしいとすすり泣く茜を気がついたら抱き締めていた。今にも罪悪感で押し殺されてしまいそうな彼を、覆い隠すように抱き締める。
茜が望むなら、この命が一緒に消えてしまってもいい。
「大丈夫、茜さんは誰も殺せないよ」
「そんなの……わからないだろ」
「私が殺させない」
確かな口調でそう言った。
「それでも、もう本当に無理なら――――本当に今すぐ死にたいのなら、私と一緒に死のう」
私の笑顔を見て、茜の涙が止まった。
「鈴葉……」
「私はいつでも茜さんと一緒に死んであげられる」
彼と一緒なら、穂波もきっと怒らない。
「……本当に……いいのか?」
「うん。だから、茜さんも誓って」
目を閉じて、彼と額を重ね合わせる。
「負けないって約束して」
「……わかった。約束する」
一体、誰がどんな目的で茜の過去を晒したのかはわからないが、穂波の事件と関係がないとは思えなかった。
迫りつつある真実を睨んで、私は茜を抱き締めた。
***
「茜さん!」
「ん、おはよう。鈴葉」
「ねえ、今日は学校行かないよね?」
「今日っていうか、暫くは行かないぞ。ほとぼりが冷めるまではな」
私は彼の言葉を聞いて大きく瞬きをすると、満面の笑みを浮かべた。
「本当っ?」
「お前に教科書とか滅茶苦茶にされちゃったし」
「あっ」
「あの後、母さんが学校まで出向いて色々やってくれたらしいけど」
「色々って?」
「学園長に怒鳴り込み」
「えッ」
母がそんなことをするとは意外だった。息子が学校で大規模な嫌がらせを受けていたのだから、当然と言えば当然なのだろうが。
「じゃあ、今日は暇なの?」
「まあ、暇だな」
「私、凛々子さんに会いに行こうと思うんだけど、茜さんはどうする?」
「俺も行く! その前に商店街寄ってもいい?」
「いいよ」
私達は支度を済ませた後、二人で家を出た。
近所の商店街を歩いていると、本屋を見つけた茜の瞳が輝いた。
「あった……! 新刊……!」
「待ってるから見ておいでよ」
「いいのかッ? じゃあちょっとだけ行って来る!」
「はいはい」
茜の読んでいる雑誌は独特でよくわからない。
私は本屋の前で携帯を弄りながら、彼が戻るのを待った。
「こんにちはー」
「えっ?」
突然声をかけられて顔を上げると、そこには以前会った上下ジャージの男がいた。
「こ、こんにちは」
「本買いに来たのか?」
「はい、連れが」
「ふーん。あ、そうだ。この間のわかった?」
微笑んで尋ねられる。
「この間のって……?」
「須崎つぎと」
そうだ。確かその名前の少年を知っているかと聞かれたのだった。だが、あの時、私はその場で答えたはずなのだけれど。
「知りません。あの……まだ見つかってないんですか?」
「んー? そうかも?」
「え?」
「いやぁ、うん。また来るよ」
そう言って男は路地に入って行った。
「変な人……」
「鈴葉」
「うわッ」
いつの間にか私の背後にいた茜を見上げて、私は跳ね上がった心臓を落ち着かせようと深呼吸をした。
「もう! 驚かせないでよ!」
「鈴葉、今の男とは二度と会っちゃだめだ。声を聞いてもいけない」
彼の目は、ジャージ男が消えていった路地に向けられている。
「万が一、またお前の目の前に現れたら、その時は――――……」
茜の目がゆっくりとこちらを見た。
「何をしてでも、逃げろ」
「どういうこと……? 今の男の人知ってるの?」
「今日は帰ろう」
「えっ? ちょ、茜さんっ?」
一体、どうしたと言うのだろうか。
私は疑問に思いつつも、彼の横に並んで、家に帰った。