「私にあの子の死を悲しむ資格はない。あの子が恋しいと泣く資格なんてないのよ」

 彼女は私と同じように今日まで自分を責め続けていたのだ――――。娘を失った悲しみをどこにもぶつけられず、逃げるしかなかった。穂波の面影がない場所まで。

「忘れようと思った……忘れられたと思った。でも、無理なの」

 夫を亡くし、娘も亡くした。
 彼女は周囲に誤解されても、悲しみから逃れたかったのだろう。痛いほどその気持ちがわかるから、私は、凛々子を無視出来なかったのだ。

「おばさん、私と一緒にいよう」
「な……何ですって?」

 涙で濡れた顔を上げて、彼女は私を見つめた。

「私が穂波の代わりにあなたの娘になる」
「何で……そんなことを……私はあなたを責めたのに」
「あの程度で? 私は殴られると思ってましたよ」

 堪え切れなかった涙を零して、私は唇に笑みを浮かべた。

「いっそ、そうしてくれたら……私は……」
「鈴葉さん……」
「ごめんなさい。本当に申し訳ありません」

 私は彼女に頭を下げた。
 本当は、もっと早くこうしていないといけなかったのだ。

「先程、あなたが仰っていた通りです。私から穂波さんに会おうと持ちかけました。原因は私にあります」
「……どうしてあなたが謝るのよ」
「本当に申し訳ありません」

 その瞬間、身体が何かに包まれた。柔らかくて、そして、『母』の匂いがした。

「私があなたを責められるはずがないでしょう」
「おば、さん……」
「あなたがどれだけ悲しんだか知っているもの……」
「ッ」

 私は凛々子の背に手を回した。
 彼女に抱いていた怒りは、私自身に向けたものだったのかもしれない。
 私も凛々子も穂波を失って、止まっていたのだ。時間も、心も、全て。

「おばさん、一緒に前に進みませんか?」
「……鈴葉さん」
「……自分のせいだと責めるのはとても辛いでしょう。私は死ぬほど辛かった」

 彼女は私の言葉を聞くと、唇を震わせて涙を流した。

「出来るかしら、私。こう見えて結構限界なのよ」
「出来なくても傍にいます。おばさんを一人にしないよ」

 穂波の代わりに、私がこの人の傍にいよう。この人は、私の親友を産んでくれた女性だ。私が彼女の代わりに孝行して当然なのだから。

「……生意気な娘ね。穂波とは大違いだわ」
「あの子も中々気が強かったですよ?」
「何言ってるのよ。大人しくて、綺麗な子だったわ」

 僅かに笑いを零して、凛々子は涙を拭った。笑い合う私達を見て、茜はゆっくり微笑むと、傍へ寄って来たこなみの頭を撫でた。

「警察にもう一度お願いしてみるわ」
「ほ、本当ですかっ?」
「ええ。犯人を許せないと思う気持ちはあなたにも負けない。もう逃げたりしないわ」
「ありがとうございます……!」

 それから私と茜は凛々子に九年前の連続殺人事件との関連性を話した。すると、彼女は当時のニュースを覚えていたのか、疑うことなく信じてくれた。

「事件が起きる前に犯人は穂波のことを調べていたはずなんです。何か心当たりはありませんか?」
「不審者がうろついていたなんて聞いたこともないわね……」
「そう、ですか」
「あなたはどうなの?」
「え?」
「犯人はあなたのことも調べていたんでしょう?」

 私もよく考えてみたのだが、外を歩いていて視線を感じたこともないし、怪しい男に声をかけられた覚えもない。

「……残念ながら、私も思い当たることは何もなくて……」
「……穂波の荷物を調べてみるわ。何か一つでも手がかりが見つかるかもしれない」
「よろしくお願いします」

 私達は全員その場で連絡先を交換し、何かわかり次第連絡を取ることとなった。

「私達、そろそろ帰りますね。長い間すみませんでした」
「いいえ、またいつでも来ていいわ」
「はい、そうします」

 笑顔でそう言ってくれた彼女に手を振って、私達は彼女の家を後にした。

***

 私と茜は自宅に戻ってきていた。今は自室で互いに身体を休めている。私はベッドに横たわりながら、あの雪の日のことを思い出していた。

 何か――――何か一つでも――――手がかりを見つけないと。

 必死な思いで頭を巡らせる。

「……ん?」

 私は勢いよくベッドから起き上がり、机に向かった。そして、ノートにペンを走らせる。

「……私が着いた時、穂波の身体にはかなりの雪が積もっていた……」

 あの日は、関東で稀に見る大雪で、救急車と警察の到着も遅れるほどだった。

「私は確かに待ち合わせの時間に遅れた……でも、十分にも満たなかったはず。その僅かな時間であんなに積もる?」

 それに、私が着いた時、校庭には足跡がたくさんついていた。一度や二度、歩き回った程度のものではない。どうして、今頃こんな重要なことに気がついたのだろう。

「穂波は、私との約束の時間よりも、もっと早くに学校にいたんだ……」

 救急車と警察が到着した頃には、雪が積もって足跡は消えていた。このことを知っているのは私だけだ。

「穂波は歩いて高校に行っていた。けど、周辺の防犯カメラに彼女の姿は残されていなかった。だから、あの子が何時から学校にいたのか誰もわかっていない……」

 身体が埋まるほどの雪――――私が発見するまで、穂波は三十分以上もの間、あそこで倒れていたことになる。傷を負ったのは、もっと前のはずだ。

「あの子は私以外にも……学校で誰かと会う約束をしていた?」

 彼女は私に何か隠していたのかもしれない。

「穂波……あなたはどうして殺されたの……?」

 私は今までの考えをノートに綴って、顔を伏せた。
 再び、警察の捜査が行われるかはまだわからない。だが、真実を知った時、私は――――その事実を受け入れられるのだろうか。