私は縋るように彼の胸に飛び込んだ。茜は私を受け止めて、後ろに手を突くと、そのまま黙り込んでしまう。
半年以上の捜査を重ねても、警察は犯人の手がかり一つ掴めていない。単独であるか、複数であるかもだ。それなのに、茜はあの時――――。
『相田さんを殺した男が全ての責任を負うべきだ』
そう言ったのだ。その発言を聞き流せるわけがない。
「……うっかりしてた」
「は……?」
「話すつもりはなかったんだけど……」
「何、どういうこと?」
心臓が嫌な音を立てる。彼を見るのが、怖い。
「警察が公表してない以上、確かなことじゃないからな。確実になってから話そうと思ってたんだ」
「えっ?」
私は茜の顔を見上げて、首を傾げた。
「つまり、何?」
「……九年前によく似た事件が起きた」
「き、九年前? それと一体何の関係があるの?」
「――――犯人の男は、まだ捕まっていないんだよ」
彼の目は、真剣そのものだった。
「何が……言いたいの……?」
「相田さんを殺したのは、その男だと思ってる」
冷や汗が背筋を滑り落ちた。
***
今から、約九年前。平屋の一軒家で女性の遺体が発見された。女性の死因は、裂傷による失血死。第一発見者は彼女の息子だった。
事件当初、警察は行方不明となっていた夫の犯行ではないかと疑いをかけたが、後に犯人によって夫も殺されていたことが判明した。遺体は海に投げ捨てられたとされており、発見には至っていない。
そして、その一件をきっかけに犯人による連続殺人事件が幕を開けた。
二件目は、それから約一年後。団地の階段で男児の遺体が発見される。死因は一件目同様、裂傷による失血死で、第一発見者は男児の母親。
三件目は、その二週間後。公園で男子高校生の遺体が発見される。死因は裂傷による失血死で、第一発見者は彼の友人。
どの事件でも刃物が使われており、第一発見者は被害者と近しい者であること。それが事件の共通項であったが、それ以外の手がかりは見つからず、そして三件目の事件を最後に犯人は行方を眩ました。
目撃証言は一切なく、防犯カメラにも姿は残されていない。一件目の事件で被害者の息子が犯人は男だったと証言したことから、性別が判明。犯人は未だ逃亡を続けており、現在も警察は調査を続けている。
――――それが、茜が私に話した九年前の連続殺人事件のあらましだ。
「可能性はある。警察もその線で捜査を進めているのかもしれない……」
私は自室のベッドに潜り込んで、固く目を閉じた。
あれから茜とは一言も話さずに家に帰り、眠る時間になった今でも顔を合わせていない。あの場で信じるには難しい話だった。
「茜さんがあそこまで調べていたなんて……」
私も家に帰って来てから、過去の新聞の記事やネットの情報を調べてみたけれど、当時、あの三件の殺人事件は、半径五キロメートル圏内で発生していた。だが、今回は違う。事件が起きていたのは関西だが、私達は関東に住んでいる。場所が違い過ぎるのだ。
「犯人が活動地点を変えた……? 一体、何の為に……?」
遺体を親しい者により発見させることにこだわっているのなら、身辺調査をする時間も必要だったはずだ。
「犯人は、私と穂波を調べていたってことだよね……」
私達の近くで、ずっと――――。
「ッ」
あまりの恐怖に私は震える身体を両腕で抱き締めた。
いずれにせよ、警察が九年前の事件との関連性に気がついていないはずがない。このまま犯人が捕まらなければ、二件目の事件が発生する可能性も十分にある。
「茜さんを責めるようなこと言っちゃった……」
彼は、過去に起きた未解決事件を自分なりに調べていた。そして、偶然、九年前の事件との共通点に気がついた。警察の発表を待って、私に伝えるつもりだったのに、あんな聞き方をされて戸惑ったことだろう。
「……茜さん……」
穂波の母親には、明日会いに行こうと思っている。もしかしたら、彼は、私と一緒に行ってくれないかもしれないけれど。
「……明日会ったら謝ろう」
そう思って、私は目を閉じた。
***
そして、翌朝のこと。
「えっ、何これ……」
私は自室を出た瞬間、固まった。目の前には、土下座をする茜の姿。
「ちょっと……? 何してるの、ねえ」
私は頬の筋肉がふるふると揺れるのを感じながら、目の前の彼を見下ろした。
「謝罪をしてる」
「朝から何の嫌がらせ?」
「謝罪をしてる」
「もういいってば!」
「……だって、俺……鈴葉に隠しごとして……不安にさせたろ?」
「うっ、いや、まあそうだけど。でも、あんな聞き方して困らせたのは私だし」
私は大きく溜息を吐いて、しゃがみ込んだ。目の前の癖毛だらけの頭をぽんっと撫でて、小さく唇を開く。
「私こそごめんね」
ぐぐぐ、とぎこちない動きで茜は顔を上げた。その瞳は喜びに満ちていて、私の方が恥ずかしくなる。
「鈴葉……!」
「わ、わかったら部屋に戻って荷物を纏めて! 休学の件はお母さんに任せてあるから、早速向かうよ!」
「向かうってどこに?」
「穂波のお母さんのところ!」
私が仁王立ちでそう言うと、茜は口を開けて、『えっ』と呟いた。
半年以上の捜査を重ねても、警察は犯人の手がかり一つ掴めていない。単独であるか、複数であるかもだ。それなのに、茜はあの時――――。
『相田さんを殺した男が全ての責任を負うべきだ』
そう言ったのだ。その発言を聞き流せるわけがない。
「……うっかりしてた」
「は……?」
「話すつもりはなかったんだけど……」
「何、どういうこと?」
心臓が嫌な音を立てる。彼を見るのが、怖い。
「警察が公表してない以上、確かなことじゃないからな。確実になってから話そうと思ってたんだ」
「えっ?」
私は茜の顔を見上げて、首を傾げた。
「つまり、何?」
「……九年前によく似た事件が起きた」
「き、九年前? それと一体何の関係があるの?」
「――――犯人の男は、まだ捕まっていないんだよ」
彼の目は、真剣そのものだった。
「何が……言いたいの……?」
「相田さんを殺したのは、その男だと思ってる」
冷や汗が背筋を滑り落ちた。
***
今から、約九年前。平屋の一軒家で女性の遺体が発見された。女性の死因は、裂傷による失血死。第一発見者は彼女の息子だった。
事件当初、警察は行方不明となっていた夫の犯行ではないかと疑いをかけたが、後に犯人によって夫も殺されていたことが判明した。遺体は海に投げ捨てられたとされており、発見には至っていない。
そして、その一件をきっかけに犯人による連続殺人事件が幕を開けた。
二件目は、それから約一年後。団地の階段で男児の遺体が発見される。死因は一件目同様、裂傷による失血死で、第一発見者は男児の母親。
三件目は、その二週間後。公園で男子高校生の遺体が発見される。死因は裂傷による失血死で、第一発見者は彼の友人。
どの事件でも刃物が使われており、第一発見者は被害者と近しい者であること。それが事件の共通項であったが、それ以外の手がかりは見つからず、そして三件目の事件を最後に犯人は行方を眩ました。
目撃証言は一切なく、防犯カメラにも姿は残されていない。一件目の事件で被害者の息子が犯人は男だったと証言したことから、性別が判明。犯人は未だ逃亡を続けており、現在も警察は調査を続けている。
――――それが、茜が私に話した九年前の連続殺人事件のあらましだ。
「可能性はある。警察もその線で捜査を進めているのかもしれない……」
私は自室のベッドに潜り込んで、固く目を閉じた。
あれから茜とは一言も話さずに家に帰り、眠る時間になった今でも顔を合わせていない。あの場で信じるには難しい話だった。
「茜さんがあそこまで調べていたなんて……」
私も家に帰って来てから、過去の新聞の記事やネットの情報を調べてみたけれど、当時、あの三件の殺人事件は、半径五キロメートル圏内で発生していた。だが、今回は違う。事件が起きていたのは関西だが、私達は関東に住んでいる。場所が違い過ぎるのだ。
「犯人が活動地点を変えた……? 一体、何の為に……?」
遺体を親しい者により発見させることにこだわっているのなら、身辺調査をする時間も必要だったはずだ。
「犯人は、私と穂波を調べていたってことだよね……」
私達の近くで、ずっと――――。
「ッ」
あまりの恐怖に私は震える身体を両腕で抱き締めた。
いずれにせよ、警察が九年前の事件との関連性に気がついていないはずがない。このまま犯人が捕まらなければ、二件目の事件が発生する可能性も十分にある。
「茜さんを責めるようなこと言っちゃった……」
彼は、過去に起きた未解決事件を自分なりに調べていた。そして、偶然、九年前の事件との共通点に気がついた。警察の発表を待って、私に伝えるつもりだったのに、あんな聞き方をされて戸惑ったことだろう。
「……茜さん……」
穂波の母親には、明日会いに行こうと思っている。もしかしたら、彼は、私と一緒に行ってくれないかもしれないけれど。
「……明日会ったら謝ろう」
そう思って、私は目を閉じた。
***
そして、翌朝のこと。
「えっ、何これ……」
私は自室を出た瞬間、固まった。目の前には、土下座をする茜の姿。
「ちょっと……? 何してるの、ねえ」
私は頬の筋肉がふるふると揺れるのを感じながら、目の前の彼を見下ろした。
「謝罪をしてる」
「朝から何の嫌がらせ?」
「謝罪をしてる」
「もういいってば!」
「……だって、俺……鈴葉に隠しごとして……不安にさせたろ?」
「うっ、いや、まあそうだけど。でも、あんな聞き方して困らせたのは私だし」
私は大きく溜息を吐いて、しゃがみ込んだ。目の前の癖毛だらけの頭をぽんっと撫でて、小さく唇を開く。
「私こそごめんね」
ぐぐぐ、とぎこちない動きで茜は顔を上げた。その瞳は喜びに満ちていて、私の方が恥ずかしくなる。
「鈴葉……!」
「わ、わかったら部屋に戻って荷物を纏めて! 休学の件はお母さんに任せてあるから、早速向かうよ!」
「向かうってどこに?」
「穂波のお母さんのところ!」
私が仁王立ちでそう言うと、茜は口を開けて、『えっ』と呟いた。