「詩人か〜〜〜!!」


 病棟の廊下を闊歩しながら叫んだら、通りすがりざまの看護師にしぃっと人差し指を突き立てられた。ぺこ、と苦笑いしてから、それでもすぐに鼻を鳴らす。

 なんなんだ、どいつもこいつも。ルナに関してもそうだけど、拓真。あいつ本当に10歳か。年の割に大人びた所作、悟りの開き方。俺絶対あいつと同じ年の時あんなこと思ってなかった。それに加えて時折挟んでくる全部知ってるみたいな口ぶり。

 どういう意味と言及すれば「僕子どもなのでよくわかりません」とか言って病室に帰ってしまうし、肝心のミオに至っては原因不明のご機嫌斜めでまともに掛け合ってももらえない。

 つかもう知らんあんなやつ。勝手にしろ。


「………あ゙〜もうむしゃくしゃする」

「いい加減にしてくれよ、爺さん」


 突然届いた大人の声に、立ち止まる。

 振り返ると、廊下の奥でじいさまを煙たそうに遇らう数人の大人たちが見えた。


 ☾


「もうあんたの興に付き合うのは懲り懲りだ。わかるだろ、潮時だよ」

「勝機がないとわかった途端尻尾を巻いて逃げるんだな」

「逃げる逃げんの問題じゃない。わかんないか。老い先短い老人蔑ろにすんのも癪だってみんな気を遣ってやってたんだよ、でもそれももう飽き飽きさ。将棋の続きがやりたいってんならとっとと退院して、今度は老人ホームで同志でも見つけるこった」


 後ろを振り返らずひらひらと手を振る中年男性数人を見送ると、じいさま、もとい松江宗山は僅かに視線を伏せる。

 その日、大部屋には人っ子ひとりいなかった。時間帯的に、検査やリハビリに行っているのだろう。…あとは。

 無機質に整えられた向かいのベッドに一瞥をくれてから自分の寝台に戻ると、窓の外を眺める。ふと何気なく振り向くと、入り口に「福沢諭吉」を携えた腕のみが覗いていた。


 途端、ひょこりと顔を出した青二才がにたり、と勝気に笑う。


「王座決定戦と行こうぜ、じいさま」

「………物好きなやつめ」