矧兜繰は、口パクで本人は音痴だとか、だが関係者によると口パクも音痴も事実であった。


媼疚遼葫は、持ち味であるハスキーボイスを悪用しオレオレ詐欺を働いているとか、


糺禽邑縒は、整形疑惑が持ち上がり全身作り物の偽物だとか、しかし遺体を調べたところ整形は本当であった。

采畝姶吝は、一世を風靡したアイドルであるも七股が囁かれており薬物使用の噂もあったが、体内よりメタンフェタミンが検出され日常的な使用が認められた。


副作用で不安になり止められず、薬物にも男にも依存し、クロマキーの様にとっかえひっかえしていたのではないかとの見解だ。


鰐下俣法は、お笑い芸人といっても鳴かず飛ばずで、ボケ修行を強制し突っ込みと称し後輩に暴行を繰り返しているとか、


覇貊蛸咏は、撮影と称して至るところで盗撮や盗聴を繰り返していてネットで流しているとか、


秤蓑橡岱は、スクープの為に色々とでっち上げているとか。



「矧兜繰、糺禽邑縒、采畝姶吝の三名以外は事実確認が出来ませんでした。しかし、覇貊蛸咏の盗撮は事実なのではないかと。涎彷樽實は窃盗の様子を撮られたことが理由で脅され殺害を計画した、それが担当所轄の見解です。」

「分かった。ご苦労さん。」


「それとですね」



「まだあるのか…」



身勝手極まりない大量殺人に頭が痛くなりかけていたのだが、言いにくそうな左隈に更に追い討ちをかけられた気分になる。


課長という立場上、聞かない訳にはいかないが。



「報告だけなのですが、虻棋笏煉(アブキ シャクレン)という漁師が、アカエイの毒針に刺され死亡した現場が、涎彷樽實の死亡現場と近くて。」



窒息死だったのだが、検死官によると絞殺や溺死の痕跡が無く刺された痕も見付かった為、毒により神経が麻痺し呼吸困難に陥ったのだという。


その証拠に、唇と手足の先が紫に変色、いわゆるチアノーゼを起こし目の結膜に溢血点も見られた。



「関連は無かったので特に問題は無いんですけど、向こうの所轄に色々聞き回ったので、課長のところにもし…」



「分かった…、上手く言っておく。」



反省の色が見え隠れする左隈と岐微浜に、超坊は仕方がないと頷いた。



余談だが、なぜプロでありながら虻棋笏煉がアカエイに気付かなかったか。



それは密漁をしていたからに他ならない。


夜中の為暗く、刺した種類が分からず放置したからだ。

更に余談だが、密漁したものをさばいていたのは、パイロットの鞆韜呂碼(トモトウ リョウマ)とCAの鞆韜軾(トモトウ シギミ)夫妻だ。



この二人、世界中を飛び回ることを利用し、魚だけでなく密輸までしていた。


パートナーである釵柩挽惹(サキュウ バンジャク)という、マタギのシカリ…狩猟団頭領を生業とする男が密猟したものをだ。



更に更に余談だが、密猟が発覚した経緯は、釵柩挽惹が土産にと密猟した鹿を食べ中毒死したことが原因だった。


本人と韜呂碼と軾の体内からベラドンナが検出され、不審に思った検死官が刑事に報告したことで捜査になり、三人がメールで密猟や密輸のやりとりをしていたことが明らかとなった。



「(関連性が無くて本当に良かったわ。)」



報告する方も結構気を使うのよね、と若干疲れた表情の超坊を見てそう思う左隈だった。



「もっどりましたー」


「なんだか雰囲気が淀んでいますけど、大丈夫ですか?」



「気にしないで下さい。気の滅入る報告が重なっただけですから。」



喝宥の場違いとも言える明るい挨拶に、自重しろよと思いながらも克治は苦笑いの桧亨を見た。



「お前ら報告、手短に頼むぞ。」

手短に済みそうも無いのだが、しなければならないことなので、報告を開始する。



「発見された比軽呵珞(ヒケイ ガラク)は、金属加工会社の現場責任者でした。死因は工業用殺菌剤であるストレプトマイシンを飲んだことによる中毒死。自ら飲んだのか何者かに飲まされたのかは、いまだ不明です。」


「不法投棄されたのはベンゼンで、健康被害も報告されていました。元現場責任者である議員も含め訴訟になりかけていたんですけど、議員とその愛人がなんと!不倫旅行中に中毒死していたんですよ。」



地方議員の臥寐添楊(フシミ テンヨウ)とその私設秘書癜蚌箕嘉(テンボウ ミヨシ)は、二人の好物であったムラサキイガイを食べ過ぎたのか、中に含まれていたドウモイ酸を多量摂取し中毒死した。



「しかも、臥寐添楊は水増しと架空請求が疑われ近くガサ入れ、癜蚌箕嘉は財産目当てとの噂が立っていて、話題の二人でした。」



死亡した為ガサ入れどころでは無くなったが、隠滅の恐れは無くなったので証拠は必ず出てくるだろう。



「話題は主にネット上で、ある男のブログにて私刑の的になっていたんです。」



ガサ入れも、そのブログがそもそもの発端だった。

「しけい?」



「私の刑罰と書いて私刑です。法律に関係なく、一般市民が個人や集団の裁量で制裁する行動です。」


「簡単に言えば、無差別リンチみたいなものです。」



超坊には聞き慣れない言葉に、爽築と左隈が簡潔に説明する。



「だが、たかがネットだろ?そんなもんで警察が動くか?」


「今はネットの時代です。目撃情報も足よりSNS…誰でも利用出来るネット上のサービスを使った方が早いと思います。」


「まあ、精査は必要ですけど。」



岐微浜と克治も付け足した。



犯罪の温床になることはあるが、貴重な情報源となることもある。


今回もサイバー犯罪対策室と連携した結果だ。



「時代か……。それで、そいつの身元は?」


「ハンドルネーム…ネット上の名前は虹命(コウメイ)、本名を剋貌拙嬬(コクボウ セツマ)プログラマーです。アジ化ナトリウムで中毒死していて、身元はすぐに割れたので恨まれ殺害されたのではないかというのが見解です。」


「臥寐添楊や癜蚌箕嘉だけでなく、裏カジノで逮捕されたアナウンサーも集中攻撃でした。しかし、人気者だったんで嫉妬だろというのがネット上の反応ではありました。」

蹂暢蟹飛(ジュウチョウ カイト)は報道番組のアナウンサーで、内偵中だった裏カジノへ出入りが確認されていたのだが、カジノで出されていた食事でリステリアによる食中毒が起き騒ぎとなった。


救急車で運ばれる時に野次馬に写真を取られたことでカジノの件が露見、手のひらを返した様にネットは炎上した。



「それと裏カジノだけでなく、格安物件が売りの不動産屋が訴訟を起こされたあげくに社長が中毒死した件にも関わっていたようで。」



「中毒死したのは雁庫薩嗣(カリクラ サツツグ)という男で、どうやら事故物件の告知義務違反らしいです。他の不動産会社から安く買い叩き、それを販売や貸し出していたようです。蹂暢蟹飛は報道という環境だった為、事故物件情報が手に入りやすく、聞き回っていたと。」



雁庫薩嗣の中毒死の原因は、事故物件にあったであろうパラコート。


訴訟の発端は、借り主が化学物質過敏症を発症し自ら調べたところ、事故物件の証拠を隠す為に使ったのだろう二酸化塩素が原因だった。



しかし事故物件を売った方の業者は、多少は後ろめたく思っているのか黙りを決め込む為必然的に情報が滞ってしまい、捜査は思うように進まない。

「比軽呵珞に関しては不法投棄関連で、剋貌拙嬬に関してはネット関連で、雁庫薩嗣に関しては事故物件関連で。現在、騙されたり恨んでいたりする人物を、リストアップし捜査中です。」



「三者三様だが根本は変わらないな。分かった、ご苦労さん。」



長い長い報告が終わり、ふと時計を見ると短針が真ん中より右側だったので、一旦遅い昼飯にと散らばった。



「お疲れさんです。」


「お疲れ様でーす。」



夕方大量の報告書と格闘していると、矛桶と栃元が帰ってきた。



「引き継ぎついでに、被害者の自宅も行ってきました。名前は鞋崕斈(クツガイ マナ)、自称オカルト研究家で胡散臭いその手の雑誌に写真を撮っては持ち込んでいたようです。」


「ただしその写真は嘘っぱちでした。CG合成の機械が自宅にわんさかありましたよ。」



ハイテク機器類を駆使し、確かめようが無いことをいいことに大胆に偽っていたようだ。



「立ち入り禁止区域に入り込んだようです。吸い込んだ硫化水素が高濃度だったので、独特の臭いを感じることが無く奥へと行ってしまったと。」



新作を撮ろうとしたのか、カメラ等の機材も遺留品として発見されていた。

「助手まがいをしていたフリーターの筏屋叟(イカヤ シュウ)にも話を聞こうとしたんですけど、鞋崕斈よりも先に死亡していました。」


「死因は?」



「ハシリドコロによる中毒死です。調理した痕跡があったので十中八九、蕗の薹と間違えたようですな。」



更には、近所の聞き込みによると、紙袋を持ったスーツ姿の人物が出入りする様子が多々あったらしく。



「クレーマーだったようで発見直後は他殺の線も浮上したのですが、捜査の結果その可能性は無いとして事故死で処理されています。」


「分かった。二人とも結論としては事故死か。……もうこんな時間か、今日は解散だ。ご苦労さん!」



もうこれ以上は身が持たないと、語尾を強めて超坊は部屋を後にした。



「課長なんだか疲れていませんでした?」


「今日に限って報告が重なったんですよ。」



そりゃ大変だと他人事のように言いながら、栃元はお先ですと岐微浜もそれに続いた。



「最近、過去も含めて中毒死案件増えていませんかね?そんな気がするのですが。」


「はい、報告を聞いていると確かに多いですね。」



矛桶の気のせいではないと、爽築はその考えを肯定した。

「被害者って言えない人も含まれていないですか?私はそんな気がしてならないですけど。」


「自業自得…いわゆる被害者なき犯罪ってやつだな。」



自らの宿命に追われて、逃げるのは至極簡単だけれど


追い掛けるのは難しく、他の運命には逃げられてしまう



「ホシの考えは俺には分からないが、死んでいい人間などいないと言い聞かせとかなきゃこの商売、やってられんな。今日はとりあえずゆっくり休むとするよ。」



矛桶はそう言って、家族の元へと戻っていった。



「私も帰るわ。お疲れ様でした。」



報告疲れからか、左隈は長風呂にしようと決めながら矛桶に続いた。



「心はきっと最初は空っぽだから何でも入る。善も悪も、愛も憎しみも。それを選択出来るのが人間だと俺は思うんだがなぁ。」



止めることも戻すことも、もう出来やしないんだ



「なんだあいつ。格言みたいなの残してサラッと帰りやがって。戸締り報告俺じゃないか。」



回ってしまった歯車の逝く先は、何を何処で間違ったのだろうか?



「口より手。私も手伝ってあげるから、帰るよ。」



既にいない克治へ文句を言う喝宥を促し、爽築も帰路に着いた。

「ちょ、ちょっと、みんな!聞いてくださいよ!!」


「朝から煩いぞー。」



超坊と爽築が本部の捜査会議に参加していて不在の為、各々溜まっている雑務を片付けていたのに、栃元だけ姿が見えなかったのだが。


矛桶の言葉をスルーし、資料を机に広げる栃元の声は何故か興奮していた。



「ん?最近の事件の資料じゃないか?」


「私達が調べたものから…、なに?過去のまであるじゃない。」



「凄い量ですね…!一体どうしたんですか?」



解決したもの、捜査中のもの、未解決のもの。


多種多様な資料のまさに山といえる。



「俺、発見しちゃったんですよ!」


「発見?なんだよ、もったいぶるなよ。」



喝宥の興味をそそった原因は、栃元が世紀の大発見をしたみたいな顔をして言ったからに他ならない。


その証拠に、先を促した喝宥の声も興奮し始めている。



「担当所轄との資料と照らし合わせていたら、俺達が調べた被害者や被疑者って、共通点があったんですよ!まとめたんで、まずはこれ見てください!」



栃元の示す箇条書きにされた複数枚の資料。


そこにリストアップされていた、それら人物達の共通点は……?

《涌粥(ワクイ)小学校出身者》


以下の十一名。




・瞬綽樵
ゆすりを繰り返していた為、その中の一人である沖鰉森檎に毒殺された。



・疝驕逞
賄賂疑惑が浮上するも茸毒により中毒死、事故の為被疑者死亡で捜査終了。



・晦霄猛
賄賂疑惑が浮上するも茸毒により中毒死、事故の為被疑者死亡で捜査終了。



・暖朶庇
賄賂疑惑が浮上するも茸毒により中毒死、事故の為被疑者死亡で捜査終了。



・黍獰艮槍
保身の為にイジメを揉み消した過去有り、海外にて感染症にかかり死亡し事件性も無く病死と処理。



・鈴亭埒嫡
セクハラとパワハラの常習者、自身の飲み間違えにより中毒死、事故の為捜査終了。



・矧兜繰
口パク疑惑も真実と断定、涎彷樽實により毒殺される。



・采畝姶吝
薬疑惑と七股疑惑も真実と断定、涎彷樽實により毒殺される。



・涎彷樽實
窃盗の常習を脅され九名を毒殺した、行方をくらませ捜索中に中毒死、事故の為被疑者死亡で送検。



・箪鮑顎
ドーピングの疑いで捜査中に中毒死、事故の為被疑者死亡で送検。



・蕪櫃烟炸
粉飾決算の疑いで捜査中に焼死、事故の為被疑者死亡と証拠不十分で捜査終了。

《椚(クヌギ)中学校出身者》


以下の十一名。




・苧筬匠
オヤジ狩りの常習犯で捜査中に中毒死、事故の為被疑者死亡で送検。



・梵塔楸
中毒死したことで落書きで捜査中のホシと断定、事故の為被疑者死亡で送検。



・雁庫薩嗣
中毒死も事故物件の告知義務違反の疑いで買った恨みの為に殺害された可能性が浮上、捜査継続中。



・蹂暢蟹飛
裏カジノの内偵中に食中毒騒ぎが起き賭博行為が露見、病院にて治療回復したのち送検。



・个趙壬綰
体型維持の為に常用していた薬で中毒死、事故の為被疑者死亡で送検。



・麁綛朱羅
我が儘放題に振る舞い悪名高かったが緞帳が落下したことにより死亡、事故の為捜査終了。



・毘・嗜詠
オーバーステイの内偵中に溺死、事故の為被疑者死亡で送検。



・鰐下俣法
暴行の疑惑の噂があるものの特定には至らず、涎彷樽實により毒殺される。



・釵柩挽惹
中毒死したことで密猟が発覚、事故の為被疑者死亡で送検。



・虻棋笏煉
中毒死したことで密漁疑惑が浮上し販売ルートと共犯者も判明、事故の為被疑者死亡で送検。



・沖鰉森檎
医療ミスを脅され瞬綽樵を毒殺、殺人容疑で送検。

《畔(ホトリ)中学校出身者》


以下の十名。




・戟陶緞漱、鴻雑双子の兄弟
中毒死も薬の横流しと利権に関与した疑い有り、事故の為被疑者死亡のまま当局にて捜査継続中。



・垳薪繭蒸
粉飾決算に加担し横領の疑いで捜査中に焼死、事故の為被疑者死亡と証拠不十分で捜査終了。



・比軽呵珞
中毒死も不法投棄を行っていたことで恨みを買い殺害された可能性有り、捜査継続中。



・秤蓑橡岱
でっち上げ疑惑の噂があるものの特定には至らず、涎彷樽實により毒殺される。



・梺屓賤恭
中毒死も置き引きの常習犯と発覚、殺人の可能性が出てきた為被疑者死亡のまま捜査継続中、現在防犯カメラの映像を解析中。



・矜悉炯闍
未成年での飲酒と薬の常用で中毒死、事故の為被疑者死亡、マスコミ対策の為事故死にて捜査終了。



・櫪幇類
偲胴企画と共謀し生活保護費の不正受給と薬の横流しで現在取り調べ中、入手ルートは組対にて捜査継続中。



・癜蚌箕嘉
臥寐添楊の財産目当てと噂も断定に至らず臥寐添楊と不倫旅行中に中毒死、事故の為捜査終了。



・剋貌拙嬬
中毒死も私刑を行っていたことで恨みを買い殺害された可能性有り、捜査継続中。

《丙(ヒノエ)高校出身者》


以下の十一名。




・臥寐添楊
水増しと架空請求の疑いでガサ入れ直前に強行した癜蚌箕嘉と不倫旅行中に中毒死、事故の為被疑者死亡で送検。



・媼疚遼葫
オレオレ詐欺を行っていた疑惑の噂があるものの特定には至らず、涎彷樽實により毒殺される。



・覇貊蛸咏
盗撮と盗聴疑惑も真実と断定に至らず、涎彷樽實により毒殺される。



・鞆韜呂碼、軾夫妻
中毒死したことで密漁と密猟に加担し商品をさばいていたことが判明、事故の為被疑者死亡で送検。



・氏家縊頗
矜悉俊麗と共謀してホワイトジルコンを売りさばき詐欺を働いていたことが判明、防犯カメラの映像から不審な人物が浮上し殺人の可能性が出てきた為被疑者死亡のまま捜査継続中。



・矜悉胥徨、俊麗夫妻
中毒死により氏家縊頗と共謀して詐欺を働いていたことが判明、殺人の可能性が有る為被疑者死亡のまま捜査継続中。



・筏屋叟
中毒死したことでクレーマーの常習犯と明らかになった、事故の為捜査終了。



・鞋崕斈
中毒死したことでCG疑惑が真実と断定、事故の為捜査終了。



・糺禽邑縒
整形疑惑も真実と断定、涎彷樽實により毒殺される。

《丙高校在籍中の死亡者》


以下の二名。




・杣献定(ソマ ケンジョウ)


多数のホテルで荷物係の短期バイトをしていたが、お客の部屋のオートロックの鍵穴へガムを詰めて不能にし窃盗を繰り返していた。



バイトに来ないと心配した先輩が、一人暮らしの部屋にて管理人と共に遺体を発見。


不審死扱いで司法解剖した結果、部屋に転がっていた風船用のヘリウムガス缶を吸引したことによる酸素欠乏と結論付けた。



盗んだものが部屋から大量に出てきた為、自責の念に駆られた自殺と断定、被害届も出ていたことから被疑者死亡で送検。




・探峻睦隴(サガオカ ムツロウ)


周辺では有名な札付きの悪で、不良仲間と共に強姦を繰り返していたようだと証言があった。



工場にて遺体で発見され、司法解剖の結果体内から麻酔薬の一種であるジエチルエーテルが検出された。


直接の死因は、鋭利な刃物で手首を切られた上に湯に浸されたことによる失血死。



ゆっくりと血が無くなって死に逝くのを見せつけるという残酷な手口から、敵対でもする不良同士の抗争で殺害された線で捜査をしていたが犯人の特定には至れず、現在も未解決のままとなっている。

「よくもまあ……これだけを。」


「見付けたら面白くてつい。鳴鎧さんと毯出さんが、梵塔楸の時同級生だって聞いて気になっていたんですけど。でもさすがに俺もここまでとは思いませんでしたよ。」



もっと違うことに心血を注ぎなさいよ、と左隈は呆れる。



「殺されたり死んだりしたことで、不正が発覚しているようだな。」


「一覧にすると良く分かりますね。」



矛桶と岐微浜は呆れるよりも感心してしまった。



「ヒロ、偶然を通り越して不可解だ。」


「ハル、…………何がだ?」


「お前なぁっ…!」



気付いた克治と気付かない喝宥。



「お前ら集まってどうした?」


「課長、係長。お帰りなさい。」


「これ見てくださいよ。俺が纏めたんですよ!」



栃元は自慢気に、資料を超坊へと見せた。



「これは…」


「…よく調べましたね。」



「で!ここからなんですが、全ての学校に共通する人物がいるんですよ!誰だと思います?」



「係長だろ。」


「えー、なんで分かったんですか?!」



当然だと言わんばかりの口調の克治に、栃元は驚きのあまりニヤニヤ顔もすぐさま引っ込んでしまった。

「椚中学校は俺の母校で、係長とも同級生だ。知っているに決まっているだろう。」



「は?爽築とハルが同級生?ってことは俺とも同級生?ハル、お前気付いていたなら言えよ!爽築も!」



「お前、そこも気付いていなかったのか…」


「毯出くんはすぐに気付いてくれたから。別に喝宥に期待していない。」



喝宥だけが分かっていなかったようだ。


克治が言わなかったのは、付き合っていたようだから当然知っているものだと思っていたし、そこまで克治自身は当時から爽築とそこまで親しい訳ではなかったので、確認はしたが馴れ馴れしくはしていなかった。



爽築に至っては最初から諦めていたようだ。



「話を戻しますよ!それに椚中学校だけじゃないんですよ。」


「栃元さんの言う通りです。涌粥小学校も畔中学校も丙高校も、確かに私の母校です。中学校は二年生の時に転校しましたので。」



「知っている奴はいるのか?」


「何人か同じクラスの人もいますが覚えているのは名前ぐらいで他は……。卒業アルバムを調べればクラスとか詳しく分かるとは思いますが。」



爽築自身友達としての人物がいなかった為、当時の記憶に関しては乏しい。

「毯出くんの言う通り、確かに偶然というより不可解よね。」



「係長の関係者が次々と…」


「まさか次は係長が……」



左隈の言葉に、相次ぐ不審死に爽築が標的かもしれないと、矛桶と岐微浜の顔色が少し悪くなる。



「共通項はあるがこれだけじゃなぁ。捜査中の案件もあるが、大抵は逮捕送検済みだし、後は死亡している。桧亨を狙っているとは言えん。」


「課長の言う通りです。次が私とは限りません。」



「いや、気を付けるに越したことはない、護衛を付けましょう!」


「そんなもの要らないから。」


「爽築!」



個人的な意見の塊に、爽築は呆れて部長に報告へと、さっさと行ってしまった。



「お前、私情を挟みすぎなんだよ。」



「もう少しソフトに言えないんですか?」


「デリカシーが無いですよ。」



「行き過ぎた親切は迷惑にしかならないぞ。」


「一言どころか余計な言葉が多いのよ。」



「一斉に言わなくても…」



比較的冷静な爽築と熱すぎる喝宥の不一致ではないかと、別れた原因を邪推してしまう。



「とりあえず捜査中の案件の解決を急ぐぞ!」



超坊はなんとか空気を変えた。

「爽築。」


「なんでいるのよ…」



後数十メートル、そこの角を曲がれば家という場所に喝宥はいた。



「帰り、話しようと思っていたら直帰したって聞いたから。」


「な、なんの用?」



「護衛のことだよ。やっぱり必要だろ?」


「要らないって言ったでしょ。」


「絶対要るって。俺の勘を信じろよ!」



「その勘、迷惑以外にないから。」



「危険だって言っているんだよ!それとも、何かあるのかよ?ハルはともかく、なんで同級生だって言わなかったんだよ。同期でも同僚でもなくて、付き合っていたんだろ、俺達!」



想いが通じた日、とても嬉しかった。



大事に大事に、大切に大切に、


悲しみを半分にして楽しさを二倍にして、



自らの背を盾にして何があろうと守ると決めた。



なのに、別れてしまった。


だけど、想いは変わらない。



だから、今も守りたい。



「なんで別れたんだよ俺達…理由…分からねぇんだよ……教えてくれよ、悪いところがあるなら直すから、俺の一体何が……」



克治達に言われたのが相当堪えたらしい。


すがりつくように肩に置かれた手は、いつになく弱々しい。

「別れたかったから、別れただけ。それだけだって言っているでしょ……!」



これ以上は装えないと、爽築は喝宥の体ごと振り払って角を曲がった。



別れを切り出したのは、傷付けたのは、私。


恨んでもいい、憎んでもいい。


だから、生きていて。



罪生シェルターへと急ぐ。



「姉ちゃん。おかえり。」


「…!譲琉(ユズル)………、ただいま。」



鍵を開けようとしてかけられた声。


ニッコリ笑う桧亨譲琉は、爽築の弟でフリーターをしている。



「どうしたの?もう遅い時間よ。」


「もう…いつも子供扱いして。姉ちゃんにこれ、綺麗でしょ?」



渡されたリンドウの花束は、電灯に照らされ確かに綺麗だった。



「そうね、綺麗ね。」


「でしょ!姉ちゃんに似合うと思ってさ。入っていい?俺、飾るよ。あと、夕食食べた?適当に買ってきたんだけど、まだだったら一緒に食べよう?」



人なつっこい笑みを浮かべ首を傾げる譲琉は、さながら子犬だ。



「分かった。一緒に食べよ。」



そう答えるしか爽築には選択肢がないのだ。


花屋に行けば似合うと言って、必ずリンドウを買ってくる譲琉に対しては。

「友達から聞いたんだけど、なんかクラスメイトがたくさん死んじゃったんだって?俺、気になっちゃってさ。」



食事も済み片付けをしていると、ふと思い出したように譲琉が言う。



「姉ちゃん優しいから泣いているんじゃないかと思って。」


「大丈夫よ、泣いていないから。」



「そう?ならいいんだけど。姉ちゃんには俺がいるから。傍にずっといるから、安心してね。」


「ええ。ありがとう譲琉。」



爽築は笑って、譲琉の頭を撫でた。



譲琉が眠って、リビングに微かに響く時計の音に釣られて、遡り思い出すは昔の出来事。



笑うことは良いこと、なの?



私と両親にとって笑うことは、


ご機嫌取りと、世間体と、評価の対価と、親子ごっこの手段でしかなかった。



愛想が無いからと付けられた仮面が、鏡の中で笑っていたから私も出来ると思ったのに。



いつまで経っても、それは筋肉の運動にしか過ぎなくて。



ほら、今も鏡の中では仮面だけが笑う。



外してくれたのは、外してくれたのに、


また着けてしまったのは、全く同じ理由で。



意味を理解して見るリンドウは、一層輝きを増しているようだった。