毒を以て毒を制す

「お前、現場ではしゃぐな。」


「いやだって、お化け屋敷みたいでテンション上がるじゃないか。」


「…全く理由になっていない。」



栃木県警

那釜(ナガマ)中央警察署



子供がそのまま大人になり熱い情熱を持った単細胞、鳴鎧喝宥(ナガイ カツヒロ)巡査部長と


理論的ではない相棒に頭を抱える知識豊富な制御盤、毯出克治(タンダ カツハル)巡査部長



刑事課に属する対照的なこの二人は、たった今苧筬匠(オオサ タクミ)というホームレスの不審死の現場から戻ってきたばかりだ。



「幽霊屋敷って遺体発見した不良連中には有名なんだぞ?人魂とか出そうだろ。」


「人魂はリン化合物という科学的な説がある。あの屋敷は金持ちが建てた後に廃墟のまま放置されていただろうが。動物なんかの死骸や壊れた古い電化製品が原因だ。オカルト染みたことは止めてくれ。」



西洋風な外観に違わず、セルロイド人形やナトリウムランプやカンテラが転がり、肝試しにはおあつらえ向きな雰囲気だったのは確かだ。



「あら、毯出くんもしかして怖いの?」


「え?毯出さん、幽霊怖いんですか?」



「誰がだ。現実主義と言ってくれ。」

克治の同期で他称サバサバ系の左隈(サクマ)巡査部長と、

応用力が無い真面目系の岐微浜(キビハマ)巡査は、


疑いの眼差しを緩やかに向けるも、睨み返されてしまう。



「動き回られたく無いなら、鳴鎧くんの手綱をしっかり握っておかないと。世話女房なんだから。」


「俺は馬じゃねぇ!」



「馬の方が賢いわ。幽霊屋敷にホームレスだって?」



「中学からの腐れ縁なだけだ。オヤジ狩りの常習で生安が手配中だったらしいが、解剖の結果タリウム中毒死。ゴミ箱漁って手に入れたらしい残飯に殺鼠剤の成分が付着していたんだと。俺と同い年なのにホームレスとは世も末だよな。」


「俺の話を」


「左隈の言う通りだ。どれだけ有能な人材でも、どれだけ優秀なチームでも、それを使ってくれ評価してくれる人間がいなきゃな、他の奴らに成果を認めさせることなんて出来ないんだぞ。逸脱した個はな、透明で無意味なんだからな。」


「俺に言わないで下さいよ。」



どこから聞いていたのか。


刑事一筋うん十年酸いも甘いも知り尽くしたベテランの矛桶(ムトウ)巡査部長は、


チャラく噂好きな栃元(トチモト)巡査に説教染みたことを口にした。

「お帰りなさい、夫婦の不審死はどうでした?」


「それが最悪の何のって。」



矜悉胥徨(キョウジツ ショゴウ)と矜悉俊麗(キョウジツ シュンレイ)は近所では有名だった。


胥徨はテレビや雑誌にも特集されるほどのフリースクールの名物講師だったのだが。



「陰で生徒を馬鹿にして、成績は好みで優劣を付ける贔屓講師として生徒間では有名でした。親の方は信頼しきっていたようですけど。」



俊麗も高級住宅街のボスママとして優雅な雰囲気とは裏腹にモンスターペアレントで、先生と生徒の間では悪評だった。



「一人息子な上に俳優で。出席日数や成績でかなり揉め事を起こしていたようだな。まあその自慢の息子も死んで、矛先が警察に向いちまったようだがな。」



「死んだ?」


「颯梯ケイト(ソウハシ ケイト)って知りません?未成年のくせに酒場に出入りしていてバッシングに合った自業自得な奴を。」



本名、矜悉炯闍(キョウジツ ケイト)も両親同様不審死、それも裸で凍死という奇妙な姿で。


しかし検視や検案の結果、原因は酩酊により道路脇で眠ってしまって起こった矛盾脱衣であり、事件性は無しと警察は結論付けた。

「事故死に俊麗は納得しなくて抗議に来たらしくてな。話題の俳優だったしマスコミ対策で上から解剖の許可が下りたんだよ。そうしたら炯闍の体内からベゲタミンが出てきて、他殺の線が浮かんだんだが…」


「自宅を捜索したらベゲタミンの錠剤が発見されたんですよ。それも複数。常用していたのは明白で、寧ろ逮捕したいぐらいだったんです。」



「だがそれさえも俊麗は信じるどころか、息子は誰かに殺されたって騒ぎまくっていたそうだ。」



息子を非難したマスコミだのイカれたファンだの、息子の飲酒は棚に上げて。



そんな最中に、夫婦揃って不審死で発見された。


これ以上騒ぎを起こされたく無くて訪ねた交番の警察官によって。



「胥徨はシアン化水素、俊麗はチオシアン酸で、死因はどちらも中毒死。」

「鑑識から殺虫剤成分って聞いて、妙に納得した自分がいたよ。」



殺されていい人間などいないし、犯人の心情を理解出来るなどと警察官にあっては言語道断なのだが。


警察官も人間であるから、思う分には目を瞑って頂きたい。



「これから詳細な聞き込みです。」


「どんな悪行が出てくるのやら。」



考えただけでも恐ろしい。

「お疲れ様です…。左隈の方は?」


「こっちも似たような感じね。」



左隈と岐微浜の現場は、賑やかなショッピングモールの従業員用休憩室。


警備員の梺屓賤恭(フモトギ シズユキ)が、高級な日本酒に混入されていたシュウ酸カルシウムで中毒死していた。



「は?職場に酒か?」



「ええ。警備員の給料で買える代物じゃないし、そもそも熨斗が付いていたのよ、御祝いって。」


「発見された場所が従業員用のロッカールームなので、隠れて飲んでいたのは間違いありません。」



酒がある理由も飲んだ理由も不明だ。


ただ一つ分かっているのは。



「なんかありそうだな、その警備員。」


「矛桶さんの勘は当たるから止めて下さい…」



単なる自殺や事故死では片付きそうもないということだ。



「俺の話を聞けっ!」


「煩いぞ、鳴鎧。」



存在を無視され続けていたのに事件の話には興味があって、つい聞き入っていた喝宥が声を上げる。


が。


同時に姿を現した課長の超坊(コボウ)警部に、一蹴りされてしまった。


姉さん女房に尻に敷かれているのに部下には厳しい、外面だけは良い上司の典型である。

「静かにしろ。新しい係長だ。」


「桧亨爽築(ヒダカ サツキ)警部補です。よろしくお願いします。」



不審死に気が滅入っていて、人事異動をすっかり忘れていた一同はすぐさま姿勢を正す。



「爽築!」


「なんだ知り合いか?」



「ただの同期です。」



職場…その上超坊の前にも関わらず下の名で呼んだ喝宥を、説明と共に鋭い目線を向けた。



「早速で悪いんだが、ドーピング疑惑で騒がれ中毒死した野球選手の箪鮑顎(タンホウ アギト)のヤクの入手先が分かった。組対がガサ行くから立ち会ってくれ。」


「分かりました。」



ニ軍落ちし戦力外通告を受けた矢先、通っていたジムのロッカールームで遺体で発見された。


体内からは、ステロイドやグリーニー、アンフェタミンといった、筋肉増強剤等の成分が多量に検出され捜査中だった。



「そういや、熱愛が報じられていたファッションモデルも中毒死していたよな。名前は確か…」


「珀吏(ハクリ)ですよ。本名は个趙壬綰(コチョウ ミワン)で、芸名の由来はその透き通るような肌から。最近痩せすぎだってSNSでも話題になっていましたけど、まさかヤクが原因だとは。」

矛桶は仕事としての情報だろうが、栃元は間違いなくファン目線の発言。


ただし、発言内容に誤りはないので一同は大目にみる。



个趙壬綰がヘロインを使用した目的は体型維持という結論に至り、恋人と噂の箪鮑顎経由ではないかとの見解になった。



「ガサ入れ先は偲胴(シドウ)企画ってフロント企業だ。貧困ビジネスの元締め疑いで張り込みしていたらこの間、食中毒騒ぎ起こしてな。」



「スイセンをニラと間違えてしまったようです。」


「被害者は全員生活保護受給者で、食事を少しでも豪華にしようとしたんじゃないかと。」



応援に駆り出された岐微浜と左隈が思い出すのは、食事代や家賃名目で実質支給額のほとんどを巻き上げられていたにも関わらず、話を聞く限りではかなり懐柔されていた様子だった。



「そんなんで事務所のガサ入れが遅くなってしまったんだ。張り込みが悟られていないとも限らん。だから、ヤクの現物はともかく、ルート解明と貧困ビジネスの件、組対とよろしく頼むよ。」


「分かりました。」



超坊への報告を一方的に任せ……押し付けられた克治が怒りのあまり喝宥の頭を叩くまで、爽築が出て行ったドアを見つめていた。

「爽築!」


「署内なんだから名前で呼ばないで。」



ガサ入れで少々疲れた声の爽築を呼ぶ喝宥は、対照的に何故か元気だ。



「火災現場の実況見分だっだみたいね。遺体、捜査対象者って聞いたけど。」


「ああ。粉飾決算と横領の疑いで追っていた最中でさ、最悪だよ。」



クラウドファンディング社長、蕪櫃烟炸(カブキ エンザク)とその部下、垳薪繭蒸(ガケマキ ケンジョウ)が、失火した蕪櫃烟炸の自宅兼事務所から焼死体で発見された。



「ジエチルエーテルっていう薬品が原因らしい。捜査の手が及ぶことを恐れて証拠書類を燃やそうとして誤って失火したんだろう、というのが火災調査官の見立てだ。」



蕪櫃烟炸の自宅兼事務所を何度も訪れていたのが、垳薪繭蒸だけだったのも決め手の一つ。


証拠隠滅の相談でもしていたのではないか、と近所のもっぱらの噂だ。



「それとさ、蕪櫃烟炸がパトロンになっていた美術家…っても売れない画家なんだけど。そいつがまさかの同級生だったんだよ。ひたすら絵ばっか書いている暗い奴だったってハルが覚えていたんだけど、俺全くでさ。でもそいつも死んだって。なんでも毒クラゲが原因らしい。」

畆嫗蚓楸(ホウイン ヒサギ)……本名、梵塔楸(ボントウ ヒサギ)はデッサンの為に訪れた海岸で、カツオノエボシを誤って触ってしまい中毒死していた。



「そんでこっからが面白くてさ。部屋、不審死扱いだから一応調べに行ったらしいんだ。そしたら、パンくずとラッカースプレーが部屋中に散乱していて異様な光景だったんだ。パンくずは、梵塔楸が書いていた木炭デッサン用に使っていた消しゴム代わりの物らしいが、ラッカースプレーは梵塔楸の自宅近所の繁華街で頻発していた落書きのと同じラッカースプレーで、調べてみたら、あら不思議!成分が一致したそうだ。被疑者死亡で送検って結末。」



「…相変わらず無駄に元気ね。」



自分から話題を振っておいてなんだが、そこまでの詳細を聞いてはいない。


爽築の声のトーンは、更に一段階下がってしまった。



「ああ元気だ!事件に出会ったことに意味があるなら、俺がいる意味があるなら、一人でも被害者が減るのなら。被疑者死亡で結局後悔するとしてもだ。今全力にならなきゃ、だろ!」



その他大勢はたくさんいる、その度に関わっていてはキリがない。


全員を救うことなんて出来やしないんだぞ。

と何度、克治に苦言を呈されたことか。


無駄に元気なのも、全力なのも、中学の頃から変わらない。



「…そ。じゃ私はここで。」



「ちょっと待て!」


「…なに?」



これ以上いたら雰囲気に押されてしまいそうな気がして、帰ろうとしたのだが。



「理由、ちゃんと聞いていない。」


「…なんの?」



いきなり真顔で言うものだから思わず惚けてみても、思い当たる節はあって目を逸らす。



「なんのって…。別れてって言われただけで、納得なんて出来るわけないだろうが。」


「でも別れたじゃない。」



「それは…、俺も爽築も異動になって」


「別れたかったから別れた。それだけ。」



「っおい!爽築!」



爽築は振り切る様に歩みを早め、止めることは無かった。



「…………。はぁ……」



皿が洗われ、ピカピカになったシンクを見つめ溜め息をついた。


一人暮らしの家、でも落ち着かないのは誰のせいか?



「なんでいるのよ…」



二度と会わないと決めて別れたつもりだった。


合同捜査ぐらいならあり得るかもと覚悟していたが。



「なにがなんでも、」



装うは平常心。

「なんなんですか、あの警備員!」


「落ち着きなさい…、気持ちは分かるけど。」



なにやらかなりご立腹の岐微浜を、左隈は苦笑しながらもよしよしと頭を撫でる。



「どうした?」


「かなり荒れてるな。」



喝宥と克治は、二ヶ月前に起きた戟陶緞漱(ホコスエ ダンゾウ)と戟陶鴻雑(ホコスエ コウゾウ)の双子の兄弟が、クロドクシボグモというタランチュラの一種の毒で死亡した件で、二人が所属していたODA政府開発援助を調べていた。


なんでもグリーンカードまで取得し現地人と他国との仲介を熱心にしていたのだが、現地の闇市で手に入れたメルドニウムを横流しし、複数の他国企業との利権が絡んだ非常に複雑な案件の資料を用意していた。



いや、当局に渡す為に用意させられていたと言った方が正しいか。


それも終わり、と一息ついた時に二人が帰ってきたのだ。



「酒飲んで死んだ、あの?」


「あの、よ。」



あの…梺屓賤恭のことだ。



「窃盗していた上に、病死したソープ嬢を妊娠させていたんですよ!それに、無理矢理堕胎までさせて。男の風上に置けないです!」



梺屓賤恭は、実に卑しい性格であった。

周囲の聞き込みの結果、源氏名を赭壺(ソオコ)、本名毘・嗜詠(ヒ・シエイ)を入手先がいまだ不明な多額の金にものを言わせ、好き勝手に連れ回していたようだ。


勤務先である個室サウナはオーバーステイの外国人が多く在籍していると内偵対象になっていたが、出勤したマネージャーが風呂で溺死していたのを発見、悲鳴が聞こえた為に捜査員が突入した。



一過性虚血発作を起こし気絶したことが原因で、元々ヘビースモーカーだった嗜詠は、堕胎したストレスで通常の倍以上は吸っていたという証言がとれた。


それが引き金となり、仕事後の日課も仇となったようだ。



「同じ個室サウナで働いていた子が事故死した心の傷も、ようやく癒えたっていうのに!」


「まぁ、その子もドクツルタケって陰で異名をとっていたけどね。」



源氏名をジュライ、本名麁綛朱羅(ソカゼ シュラ)は、現在は舞台女優を生業としているのだが、我が儘やりたい放題で天使のような雰囲気からは想像出来ない、新人潰しで有名だった。


担当所轄署の話では、緞帳の紐がくたびれていて落下し下敷きになるという不慮の死を遂げても、嗜詠以外は悲しむ様子が素振りさえ見られなかったという。

「確かに最低な奴だが、窃盗っていうのは万引きか?」


「ううん、置き引き。日本酒もそれで手に入れたみたい。でもそのショッピングモールには売っていないのよ。ただ、販売されている場所は限られる種類だったから、今防犯カメラを解析中よ。」



岐微浜の怒りの矛先が違うところへ進みそうだったので、克治は口を挟み方向を修正した。



「矛桶さんの勘、当たったな。」


「嬉しそうに言わないでくれる?」



他人事だと思って、と左隈は嫌そうに喝宥を見やる。



「お疲れ様です。どうしたんですか?」


「お疲れ様です。被害者が被疑者だったのでちょっと機嫌が悪いんです…。ガサ入れどうでした?」



ムスッとした表情で資料を整理する岐微浜を、これも世の中だと思いながら左隈は爽築へと説明する。



「ブツは出てきませんでしたが、カラクリは分かりました。櫪幇類(レキホウ ルイ)という市役所福祉課の人間が浮上しまして。」



関連受給者達の生活保護の申請を許可したのは、全て櫪幇類が担当案件だった。



「櫪幇類は箪鮑顎と幼馴染みでした。審査出来る立場を利用しただけでなく、薬も横流しして私腹を肥やしていたようです。」

ギャンブル好きな櫪幇類を、偲胴企画が目敏く見付け取り込んだようだ。



「入手ルートは組対が捜査継続中です。」


「戻りましたー」



「お帰り。あら、矛桶さんは一緒じゃないの?」



矜悉胥徨、俊麗夫妻の聞き込みから帰ってきたのは栃元一人。



「科捜研です。俊麗が近隣に格安で買えると、ある宝石商を強引に紹介して買わせまくっていたんですけど。」



氏家縊頗(ウジイエ エイバ)は、訪問販売を個人で行っている宝石商だったらしいのだが。



「販売登録許可どころかその宝石、ホワイトジルコンの可能性が浮上したんですよ。」



独自ルートで仕入れているからと鑑定書も無く、ただ俊麗の言うままに購入させられていた。



「氏家縊頗は胥徨と高校の先輩後輩で、俊麗とは同級生だったんです。買わないと訪問の嵐、買ったら買ったで恩着せがましく付き纏い行為。三者の圧は物凄かったようです。」


「今その宝石商は?二課と合同か?」



「いえ、一課です。それが事故死していたんですよ。現場が貸別荘途中の山道だったんで、業者から資料を借りて鑑識で鑑定中です。」


「被疑者死亡か。詐欺が本当ならやりきれないな。」

貸別荘から帰る途中で車ごと崖から転落し死亡した。


向かった目的は不明だが、多額の現金が帯封と共に車内に散乱していたことから、宝石を売りさばいた後のようだ。



「おう、栃元戻っていたか。宝石、ホワイトジルコンで間違いない。詐欺で送検するぞ。」


「分かりました。それと貸別荘の借り主なんですが、防犯カメラに映ってはいたのですけど名前も住所も偽物でした。業者の話では見たことが無い顔だったと。」



「自損ではなく殺人の線も出てきましたね。担当所轄に問い合わせをお願いします。」



「「分かりました。」」



事故死で片付けられた案件の資料が残っているか、期待は薄いが爽築はとりあえず賭けてみる。



「みんな戻っているな。」


「課長。矜悉胥徨、俊麗夫妻の不審死事案、関係者が自損で死亡しているのですが、殺人の線が出てきました。」



二人が調べてきたことを交えながら、超坊へと報告すると…



「分かった、担当所轄には俺から話を通しておく。…ちょうどいい。その貸別荘近くで起きた硫化水素による中毒死の被害者の自宅がうちの管轄内でな、ついでに引き継ぎしてこい。」



担当案件が一つ増えてしまった。

ついで、とは簡単に言ってくれると矛桶は思うが仕方がない。



「左隈と岐微浜は、殺人と窃盗の容疑で手配中の被疑者が一酸化中毒死した状態で発見された。詳細を聞いてきてくれ。鳴鎧と毯出は、不法投棄で捜索中だった重要参考人が遺体で発見され捜査中なんで、応援に行ってきてくれ。桧亨は、殺人容疑で現在取り調べ中の被疑者の様子を見てきてくれ。」



頼むぞ。と超坊の言葉と共にそれぞれ準備を始めた。



「爽築。」


「だから、名前で呼ばないでって言っているじゃない。」



取り調べ室に向かう爽築を呼び止める。



「俺はまだ納得していない。」


「理由はこの間言った通り。それ以上でもそれ以下でもないから。あまり待たせると毯出くんが怒るよ。」



確かに、と思った一瞬に、爽築は呼びに来た取り調べの捜査員と話をし始めてしまっていた。




朝はおはよう、夜はおやすみ、

毎時間毎日その度に電話やメールをするのはとても面倒だ、

だから毎時間毎日隣で言わせてくれ。



格好つけて言った告白を、はにかみながら嬉しそうに受けてくれた爽築が、理由すら告げずに連絡を断つなど。


喝宥はどうしても納得がいかなかった。

毒蛇の口

「課長。沖鰉森檎(ナカガイ シンゴ)容疑を認めました。」


「おお、落ちたか。結構かかったな。」


「その間に色々判明しましたけど。」



外科医の沖鰉森檎は、フリーライターの瞬綽樵(シバタ ユショウ)を青酸カリで毒殺した。



「動機は、医療ミスをネタにゆすられたことでした。」



複数回に渡り金を要求された為、札を数える時に舐める癖を利用し封筒に青酸カリを塗り殺害後、薬瓶を転がし見せ掛けた自殺。


封筒や指に付いた青酸カリを、毒性を無効にする解毒剤…、医者が使用する消毒液の色を落とす漂白剤であるが、無色無臭のチオ硫酸ナトリウムに常温でも反応する様にロダネーゼを混入させ、その痕跡を消し去るという用意周到さには計画性が窺えた。



「その証拠隠滅も上手くいかなかったようだな。」


「はい。鑑識が青酸カリの拭き残しと僅かですが沖鰉森檎の指紋を発見し、二人が会って金銭のやり取りをしているところも、偶然自損事故を起こした車の車載カメラに映っていました。」



状況証拠に加え物的証拠も突き付けられ、隠し通すことは出来ないと悟ったようだ。


その知力を何故証拠隠滅などに使うのか、理解に苦しむ。

「ただ、瞬綽樵の交遊関係を調べていたら、ゆすっていた相手は他にもいたようで。」



瞬綽樵は小学校時代、イジメられていた。



イジメていたのは、裁判官の疝驕逞(センキョウ タクマ)、検事の晦霄猛(カイジョウ タケル)、弁護士の暖朶庇(ダンタ ヒサシ)の三人組だ。


独身貴族で山登りが趣味、役職が違っていても仲が良いと言われていたが、賄賂を受け取り仲の良さを利用して結託、判決を左右していたという噂も一部で真しやかに囁かれていた。



「ネタは恐らくそれかと。ですがその三人、山中で変死していたそうです。」


「他殺か?」


「いえ、検死の結果テングダケを誤って食べたことによる中毒死でした。疝驕逞の首にはヤク殺の痕がありましたが、食べていたと思われる鍋と嘔吐の跡から、ヤク殺は精神錯乱によるものであると断定されました。」



山に自生していた茸を、自身の知識を過信し無闇に口にしてはならない。



生前瞬綽樵は雑誌編集者に、山好きは総じて高い所が好きなんだ、自分達は選ばれた人間なんだからと上から見下す性格だから、高い所から見下ろしたい願望がいつまでもあるんだよ、と憎たらしそうにこぼしていたらしい。

「イジメが表沙汰にならなかったのは当時の教頭が揉み消したそうです。」



黍獰艮槍(キビドウ ゴンゾウ)は、次期校長になるために騒動や問題は言語道断だった。


だから、イジメを見て見ぬふりをしイジメられる方に原因がある、しっかりしなさいと瞬綽樵を叱責した。



「その言葉を屈折して捉え、他人のあら探しに粉骨砕身というわけか。」


「はい。メモリーカードには大量の隠し撮り写真があり、そちらも捜査を継続中です。」



しかし順調良く迎えた定年退職後、世界中を悠々自適に一人旅をしていたのだが、猫に引っ掻かれたことが原因でカプノサイトファーガ・カニモルサス感染症にかかり、糖尿病を患っていた為に重症化し死亡している。



「引退後に豪遊か。同じ公務員でもこうも違うとは…。死に様は羨ましくもなんともないがな。」



質素でも家族の為に長生きはしたいものだ、と超坊は思う。



「あと余談ですが、瞬綽樵の卒業から数年後、黍獰艮槍と懇意にしていた町会長の鈴亭埒嫡(スズテイ ラチャク)が事故死していました。」



常用していたビタミン剤と黍獰艮槍に処方されていた血糖降下剤を、間違って飲んだというもの。

「健康な人間が摂取すれば血糖値が大幅に下がり、その状態が長く続けば死に至るそうです。町会長にも関わらず葬式の参列者は少なく、聞くところによるとセクハラを繰り返していたと。」



商店街の寄り合いと称して、飲み会を月に複数回開いていた鈴亭埒嫡なのだが、酒の席だから年寄りだから許せと、権力を振りかざし自身の言動を正当化していた。



「因果応報、さぞかし迷惑を我慢し続けていた町民の心の内が表れた葬式だったんだろうな。」



理不尽に死を迎えた者以外は、大抵その人物のしてきた報いを感じることが多い。



「「戻りました。」」



「おう、お疲れ。」


「お疲れ様です。」



左隈と岐微浜が少しの遠出から戻ってきた。



「容疑者の涎彷樽實(センホウ タルミ)は一酸化炭素による中毒、事件性は無いとの事です。」



芸能事務所に出入りしていた日雇いの清掃員で、自由に出入り出来る立場を悪用し、楽屋に忍び込み芸能人の私物を窃盗。


繰り返しオークションに出品して小遣い稼ぎをしていた。



「逃走手段に車を選んだのが運の尽き。季節外れに降った大雪がマフラーに詰まり、排気ガスが車内に充満したことが原因でした。」

捜査の手が及ぶことを恐れたのか?


涎彷樽實の車は発見されるまで、数十時間同じ場所に止まっていたとの目撃証言もあった。



「殺害されたのはこの九名です。」



歌手の絹声櫟(キヌゴエ イチイ)、本名矧兜繰(ハギトウ ミサオ)、


声優の梃鷸託跳(テンイツ タクト)、本名媼疚遼葫(オウヤマ リョウコ)、


アイドルの采畝姶吝(サイゼ アイリ)、


グラビアモデルの邑縒(モヨリ)、本名糺禽邑縒(アザドリ モヨリ)


お笑い芸人のかよちんこと耶殿淀殿(カドノ ヨドドノ)、本名鰐下俣法(ガクシタ マタノリ)


監督の覇貊蛸咏(ハバク ショウエイ)、


雑誌編集長の秤蓑橡岱(ハカリミノ ショウダイ)、



以上九名である。



「九名は大学時代の映画サークルメンバーで仲が良かったそうです。覇貊蛸咏が映画を撮ろうと自分の部屋に他の八名を集めたことが、中毒死被害の拡大に繋がったようです。」


部屋の机の上には、映画のコンセプトやテーマソング、雑誌のインタビューの日程などを話し合ったメモが残されていた。



「加湿器から検出されたイソシアン酸メチルが原因で、清掃で部屋に入った時に混入させたのではないかと。それと、殺害動機について調べていたらこの九名、業界では黒い噂が絶えなかったそうで。」