卒業式の予行練習は、十年前となにも変わらなかった。マイクの調子が悪くなることも、クラスメイトが遅刻してくることも、教頭先生が盛大なくしゃみをするのも……全部、あの日と同じだった。
こうなると、もう夢だと考える方がおかしく感じて、教室に戻ったときには今の状況を現実だと認めていた。そしてもちろん、頭の中は遼を救う方法を考えることでいっぱいだった。


「――き、美咲! おーい!」

コツンと頭を小突かれて振り向くと、苦笑した遼が「起きてるか?」とからかってきた。彼の呑気な顔に呆れと安堵が混じり合うような気持ちを抱え、「起きてるよ」と返す。
遼に『美咲』と呼ばれることが嬉しくて、だけどなんだか切なくて。彼のことをどうすれば失わずに済むのかと考えては、涙が溢れ出してしまいそう。

「手紙、書けたか?」

「まだだけど……」

そんな私に微笑んだ遼に首を横に振れば、眉を寄せられてしまった。苦笑いで「やっぱり寝てたんだろ?」って言う彼に、「寝てないってば」とため息をついて見せれば、不意に真剣な面持ちを見せられた。

「なぁ、提案があるんだけど」

私は、このあとに続く言葉を知っている。十年前に聞いた台詞を、まだ鮮明に覚えているから。

「十年後に会う約束をしないか?」

あのときとまったく同じ声音で紡がれた、提案。これを聞いた十五歳の私は、緩みそうになる頬をごまかすように平静を装って「別にいいけど」と答える。

「お、さすが俺の親友!」

「親友になった覚えはないけどね」

なにもかもあの日と同じように返し、困り顔になりそうな複雑な気持ちを隠して笑う。遼もあのときと変わらない笑顔で喜んで、「じゃあさ」と続けた。

「十年後、この手紙が届いた一番最初の日曜日に桜神社に集合、とかは?」

「そんなこと言って、本当に大丈夫なの? 十年後だよ? 二十五歳だったら、どこに住んでるのかもわからないでしょ」

「なに言ってるんだよ。美咲との約束なんだから、守るに決まってるだろ。俺たちは“みさきコンビ”で、親友なんだから」

懐かしいやり取りに、胸の奥が軋んだ。

ねぇ、遼……。私は、遼の親友になりたかったわけじゃないんだよ……。

中学に入学したときに出会った遼とは、なんの縁なのか三年間同じクラスだった。『松村』と『三崎』で出席番号が前後で、私の名前が美咲だということで話が盛り上がったのをきっかけにすぐに意気投合して、お互いを下の名前で呼び合うことを決めた。

たびたび“親友”という言葉で男女の友情を主張する遼に、いつからか私は素直に喜べなくなったけれど。それでも、彼に笑顔を向けてもらえることが嬉しくて、この関係に甘んじていたのも事実。
十年も後悔に苛まれるなんて知らなかった十五歳の“明日の私”は、この関係を壊すのが怖くて、想いを伝えられないまま永遠の別れを経験することになってしまった。
だけど、今度はもう同じ過ちを繰り返したくない。