翌朝、鏡の前に立つ私は、十五歳の姿のままだった。
なにこれ……。やっぱり、過去に戻ったの? タイムリープ、っていうんだっけ?
まだ信じられなくてぎこちなくハハッと笑いながらもリビングに下りれば、両親も弟たちも十年前の姿と変わらなかった。
呆気に取られていた私は、「早くしなさい」という母の声にハッとして、慌てて椅子に腰かけた。朝食の匂いも味もやけにリアルで、朝の風景も懐かしさと同時に“いつも通り”という感覚さえ芽生えてくる。
不思議と不安はなかったけれど、なぜこうなったのか理解できない。思い当たる桜神社のことばかり考えていると、友人の紘子(ひろこ)が誘いにきて、私は昨日振りのセーラー服姿で家を出た。
「おはよー」
「おはよう……」
「元気なくない? あ、さては緊張してるんでしょ?」
「緊張?」
きょとんとすると、笑顔だった彼女が眉を寄せて真剣な顔になった。
「明日の卒業式のあと、遼に告白するんでしょ?」
あぁ、そうだった。
明日は、遼に告白するはずだったんだ。だけど、それが成し遂げられなかったことをもう知っている私は、曖昧に笑ってごまかした。
「まさか怖気づいてないよね? 美咲、もうすぐ引っ越すんだから、ちゃんと伝えなきゃどうするの!」
でも……遼は、卒業式の日に死んじゃうんだよ……。
言いかけた言葉を喉元で止めたあと、ハッとした。
ここが本当に過去ならば、今日は二〇〇九年三月十六日。
つまり――遼が事故に遭うまで、まだ二十四時間以上ある。
この際、これがよくできた長い夢だった場合のことは、一旦置いておこう。そして、ここが本当に過去であると仮定したとき、私がやりたいことはひとつしかない。
学校はもう目の前に見えていて、隣で必死に告白を促している紘子の話には上の空のまま、歩く速度が速まっていくのを感じていた。
教室に着くと、クラスメイトと笑い合っている遼の姿があった。彼は少しぶっきらぼうなところもあるけれど、いつも笑顔で、その明るさが周囲にも伝染していく。
そんなところが、とても好きになった理由のひとつだった。
「お、美咲じゃん。おはよー」
私に気づいた遼が、二重の瞳を意地悪く緩めて「昨日は家の前で寝なかったか?」と笑う。
チョークの跡が残った黒板、艶が薄らいだ机、少し汚れたカーテンの隙間から射し込む光。
あの頃、毎日見ていた景色をこんなにも懐かしく思い、泣きたくなるほどの幸せを感じる日が来るなんて、十五歳の私は知らなかった。
「寝るわけないでしょ! ……あと、おはよう」
いつものように言い返して挨拶も付け足せば、どこかはにかんだような笑みを向けられて、胸の奥がキュンと音を立てた。
軽快に躍り出す鼓動は、甘いリズムを奏でていく。中身は二十五歳の大人のはずなのに、十歳も年下の十五歳の遼の笑顔に心を奪われ、胸はときめきを感じている。
悲しい。切ない。嬉しい。愛おしい。そして、“助けたい”――。
色々な感情の中でいっそう強く主張しているものに応えたくて、拳をギュッと握りしめた。
なにこれ……。やっぱり、過去に戻ったの? タイムリープ、っていうんだっけ?
まだ信じられなくてぎこちなくハハッと笑いながらもリビングに下りれば、両親も弟たちも十年前の姿と変わらなかった。
呆気に取られていた私は、「早くしなさい」という母の声にハッとして、慌てて椅子に腰かけた。朝食の匂いも味もやけにリアルで、朝の風景も懐かしさと同時に“いつも通り”という感覚さえ芽生えてくる。
不思議と不安はなかったけれど、なぜこうなったのか理解できない。思い当たる桜神社のことばかり考えていると、友人の紘子(ひろこ)が誘いにきて、私は昨日振りのセーラー服姿で家を出た。
「おはよー」
「おはよう……」
「元気なくない? あ、さては緊張してるんでしょ?」
「緊張?」
きょとんとすると、笑顔だった彼女が眉を寄せて真剣な顔になった。
「明日の卒業式のあと、遼に告白するんでしょ?」
あぁ、そうだった。
明日は、遼に告白するはずだったんだ。だけど、それが成し遂げられなかったことをもう知っている私は、曖昧に笑ってごまかした。
「まさか怖気づいてないよね? 美咲、もうすぐ引っ越すんだから、ちゃんと伝えなきゃどうするの!」
でも……遼は、卒業式の日に死んじゃうんだよ……。
言いかけた言葉を喉元で止めたあと、ハッとした。
ここが本当に過去ならば、今日は二〇〇九年三月十六日。
つまり――遼が事故に遭うまで、まだ二十四時間以上ある。
この際、これがよくできた長い夢だった場合のことは、一旦置いておこう。そして、ここが本当に過去であると仮定したとき、私がやりたいことはひとつしかない。
学校はもう目の前に見えていて、隣で必死に告白を促している紘子の話には上の空のまま、歩く速度が速まっていくのを感じていた。
教室に着くと、クラスメイトと笑い合っている遼の姿があった。彼は少しぶっきらぼうなところもあるけれど、いつも笑顔で、その明るさが周囲にも伝染していく。
そんなところが、とても好きになった理由のひとつだった。
「お、美咲じゃん。おはよー」
私に気づいた遼が、二重の瞳を意地悪く緩めて「昨日は家の前で寝なかったか?」と笑う。
チョークの跡が残った黒板、艶が薄らいだ机、少し汚れたカーテンの隙間から射し込む光。
あの頃、毎日見ていた景色をこんなにも懐かしく思い、泣きたくなるほどの幸せを感じる日が来るなんて、十五歳の私は知らなかった。
「寝るわけないでしょ! ……あと、おはよう」
いつものように言い返して挨拶も付け足せば、どこかはにかんだような笑みを向けられて、胸の奥がキュンと音を立てた。
軽快に躍り出す鼓動は、甘いリズムを奏でていく。中身は二十五歳の大人のはずなのに、十歳も年下の十五歳の遼の笑顔に心を奪われ、胸はときめきを感じている。
悲しい。切ない。嬉しい。愛おしい。そして、“助けたい”――。
色々な感情の中でいっそう強く主張しているものに応えたくて、拳をギュッと握りしめた。