短い距離で上がった息を整えながら、地面に視線を落とす。
所詮、夢なんてこんなものだ。ご都合主義にもなってくれなくて、夢の中ですら夢を見させてもらえない。肩を落としてトボトボと元来た道を戻ると、家の前に母が立っていた。

「あ、美咲! 引っ越しの荷造りしないといけないのに、こんな時間までどこにいたの?」

呆れたようにため息をつく姿は今よりも若くて、私が中学生のときの母と変わらなかった。投げやりな気持ちになってしまいつつも、よくできた夢だな、と思う。


家に入って夕食の支度を手伝い、四歳下の弟の宿題を見てあげて、家族で夕食を食べて……。まるであの頃と同じ時間を過ごしているかのような夜に、奇妙な気持ちが蘇ってきた。

「この夢、いつ醒めるんだろう」

「なにわけのわからないこと言ってるの。明日は卒業式の予行練習なんだから、早く寝なさい」

ため息混じりに落とした声を母に拾われて、なにげなくカレンダーに視線を遣る。壁にかけられているカレンダーは二〇〇九年のもので、思わずまじまじと見つめてしまった。

夢にしては、出来過ぎじゃない? そういえば、さっき遼に頬をつねられたときも普通に痛かったし……。

「お母さん、今って二〇〇九年……?」

「なに当たり前のこと訊いてるの! もう、しっかりしてよ! あなた、明後日には卒業式で、春からは高校生なのよ」

呆れた声が飛んできた直後に二階に走り、転げそうになりながら飛び込んだ自室の鏡の前に立った。

「嘘……。私まで若くなってる……」

夢だと思っていたけれど、もしかして夢じゃないのだろうか。ありえない、ありえるはずがない。
頭の中でグルグルと回る言葉が、まるで悪戯が成功した子どものように躍っている。もし夢じゃないとしたら、私は過去に戻ってきたのだろうか。
脳裏に過った可能性を鼻で笑い飛ばしたけれど、『ありえない』という言葉は自分自身に言い聞かせるために使っているような気さえしてきて……。自分の中にある夢と現実の境目みたいなものが、曖昧になり始める。

「桜神社の桜……」

程なくして、自然と漏れたのはそんな言葉。言い伝えもジンクスも、二十五歳の私は“十五歳の私”以上に迷信だと思っている。
それなのに、今はそれを信じかけている私がいた――。