「なにボーッとしてるんだよ。家に入らないのか?」

ごく普通に、なにげなく。十年前となにも変わらない学ラン姿の彼が、そんな言葉がぴったりな口調で尋ねてきた。

「遼……本当に遼なの!? ちゃんと生きてるんだよね……っ!?」

「はぁ? なにお前、どうしたんだよ? 頭でも打ったのか?」

今にも飛びつきそうな勢いの私に、遼はどこか引いているようにも見えたけれど、夢でも彼に会えたことが嬉しい私には、そんなことを気にする余裕はない。反して遼は、「本当に大丈夫か?」と眉を寄せている。

「いたっ……!」

ひとり戸惑いと興奮に陥っていた私の頬が、クイッとつねられた。

「なにするのよ!」

咄嗟にあの頃と同じようにその手をはたくと、彼が悪戯な笑みを浮かべた。

「立ったまま寝てたみたいだから起こしてやろうと思って」

「寝てないよ!」

「あ、そう。じゃあ、まぬけ面でぼんやりしてるのは生まれつきか」

ニッと笑った遼の口調は意地悪で、反射的にムッとする。だけど、その直後には泣きそうになっていた。

そうだ……。あの頃、私たちはこうしてよく言い合いをして、いつもくだらないことで笑っていたっけ……。

当たり前だと思っていたありふれた日々が、どれだけ幸せだったのか……。私は遼を失ってから思い知り、それからはずっとあの頃の日々以上の幸福感を抱いたことはないような気がする。


「あっ! 俺、急いでたんだった! 美咲も早く家に入れよ!」

「えっ? ちょっと、遼! 待ってよ!」

「悪い! 今日は家族で飯に行くんだ! 話なら明日聞いてやるよ!」

ダメだよ、遼! 明日の約束なんて、私たちには交わせないんだよ!

そんな私の気持ちなんて知らない遼は、よほど慌てているのか、振り向くこともなく走り出す。咄嗟に追いかけたけれど、学年で一・二を争うほど足が速い彼に、運動音痴の私が追いつけるはずがなくて、角を曲がったときには姿が見えなくなっていた。