ようやく風が弱まり、無意識のうちに閉じていた瞼を開くと、辺りは夕陽に包まれていた。

直後に瞠目したのは、満開だった桜の木から花が消えていたから。ひとつも咲いていないどころか、ここからでは蕾もほとんど確認できない。心なしか、枝も縮んだように見えた。

「桜……全部散ったわけじゃないよね……」

状況が把握できなくて自然と漏れた声が、静かな神社の中に吸い込まれるように消える。戸惑いを隠せなかったけれど、飛んでいった手紙の存在を思い出してハッとした。

「……制服?」

手紙を探すために視線を地面に落とした数秒後、再び目を大きく見開いた。そこに映ったのは、今日着てきたはずの桜色のスカートじゃなくて、さっき見た懐かしくもある紺色のスカートと白いセーラー服の胸元で結ばれた赤いリボンだったから。

「なにこれ……? どうなってるの?」

着替えた記憶はもちろんないし、バッグもスマホも見当たらない。ついでに腕時計まで消えていて、急に怖くなった。

もう一度桜の木を見上げたけれど、花は咲いていない。手紙も荷物も見つかっていないし、どうすればいいのかわからなかったけれど……。日が暮れていく神社にひとりでいることに不安を覚え、境内に背を向けて階段を下りた。


どこへ向かうのが正解なのかわからないまま、駅とは反対側に歩を進めていた。視界に映る景色は懐かしく、奇妙なほどにあの頃となにひとつ変わっていない。

不安を抱えながらも荷物も持っていない私は、気がつけば十年前まで住んでいた家に辿り着いていた。表札には【松村】と表記されたままで、あのあと人手に渡ったはずの家の表札が変わっていないことを不思議に思う。


「美咲?」

さすがに中に入ることはできなくて立ち尽くしていると、突然背後から名前を呼ばれた。

聞き間違えるはずがない。十年前まで何度も聞いていた、大好きな人の声。
弾かれたように振り返った先には、あの頃のままの遼がいた。

息が止まるかと思った。
あんなにも会いたいと思っていた人が、記憶の中の姿で目の前にいる。
信じられないけれど、状況を把握できない思考でも夢なんだと思ったけれど。それでも、ただただ胸が震えて言葉が出てこなかった。

「美咲? どうした?」

そんな私を見つめる彼は、怪訝な面持ちをしている。

「遼……」

「なんだよ」

ようやく零した名前を、遼がどこかぶっきらぼうな声音で拾う。それがとても嬉しくて、だけど夢だというのが悲しくて、視界が滲みそうになった。