新生活を迎えてからしばらくは毎日が慌ただしく、進学先の高校では誰ひとり遼のことを知らなかったおかげで、彼の話を口にする機会はなかった。
遼のことを思い出すのが怖くて、引っ越しの日に雨に濡れて壊れた携帯を買い替えるときにはあえて番号を変えるために新規契約にし、彼との思い出を記憶の奥底に閉じ込めるかのように、身勝手にも中学時代の友人と連絡を取るのをやめた。


だからこそ、今日、ここに来るのがとても怖かった。

だけど、あの日から十年が経った。
積み重ねてきた月日の間にどれだけ成長できたのかはわからないけれど、私は大人になった。そして、どんなに強く願っても、遼に会うことはできない。

だから……もういい加減に、このとてつもなく大きな後悔から目を背けるのをやめて、真っ直ぐに向き合わなければいけないのだ。
そのために、ここに来たのだから……。


再び見上げた桜の木は、十年前よりもやっぱり大きくなっていて、その先にある空は遥か彼方に存在している。
それは遠くて、とても遠くて……まるでもう会えない遼のようだ。


そういえば、この桜の木には昔から言い伝えがある。“強く願い続けたことを、たったひとつだけ叶えてくれる”と――。
中学生のとき、ここで告白すると恋が叶うというジンクスがあった。あくまでジンクスで、実らなかった恋の話も知っている。もちろん、言い伝えが単なる迷信であることも。
あの頃はまだ子どもだったけれど、それを知らないほど幼かったわけじゃない。それでも、言い伝えを信じてジンクスに縋りたかったのは、叶えたい想いがあったから。

結局、恋心は口にできなかったけれど、遼はここに来てくれた。たしかに、チャンスはあった。
だけど、私たちは他愛のない話をしただけで、最後に私は改めて引っ越すことを伝えて『ばいばい』と言うことしかできなかった。彼もまた、普通に『じゃあな』と笑っていた。


「会いたいよ、遼……」

ぽつりと呟いた刹那。
強い風とともに視界を埋め尽くすほどの桜の花びらが舞い、持っていた手紙が手の中から離れた。
慌ててそれを追おうとしたけれど、体を包むような桜吹雪と風に阻まれるように身動きが取れず、その場で髪とスカートを抑えながら風がやむのを待つことしかできなかった――。