遼が生きていることを祈ります。
あと二十四時間しかないけれど、
なにかひとつでも変えてください。
たとえ、この恋が実らなくてもいい。
どうか、どうか――。


記されていたのは、“この手紙には”書いていなかったはずのこと。十年前に戻っていた昨日、わざわざ消して書き直したことをよく覚えている。

「なんでっ……」

どうして、これだけなのだろう。変わるのなら、もっと違うところであってほしかった。
せり上がってくるやり場のない感情も涙もこらえ切れなくて、雫に濡らされた文字が滲んでいく。何度も「ごめんね」と紡ぐ声は、桜の花びらを乗せて優しく吹く風とともにどこかに運ばれていき、私のもとに残っているのは一通の手紙だけ。


「美咲?」

手紙を持つ指先が便箋をぐしゃりと歪めたときだった。聞き覚えはないのに、どこか懐かしい優しさを携えた声が私を呼んだのは――。

振り返った私の瞳の中にいるのは、柔らかな表情の男性。随分と背が伸びたし、私が知っている“彼”よりもずっと大人になっているけれど、目が合った直後に零された笑顔はあの頃のままだった。

「遼……?」

半信半疑で紡いだ名前に、端正な顔が喜びで満ちていく。階段のところから駆け寄ってきた彼は、座り込んだまま呆然としている私の傍まで来ると、視線を合わせるようにしゃがんだ。

「美咲だ……!」

頬に添えられた両手の熱が、夢じゃないことを教えてくれる。
信じられないのに、ありえないと思うのに……。さっきまでとはまったく違う涙が溢れ出し、私に触れている大きく骨ばった手ごと濡らしていった。

「遼……っ!」

私の声を合図に、お互いの体を抱き締め合う。
布越しに感じる体温も、鼻先をくすぐる匂いも、私の名前を呼ぶ声も、なにもかもがあの頃とは違うのに……。この人は遼だ、という確信があった。

「どうして……あのとき、私たちバイクに撥ねられて……」

「あぁ……。でも、事故に遭ったのは俺だけだったんだ」

私の疑問を拾った遼は、そっと体を離したあと、あのときのことを教えてくれた。


あの日、私たちはバイクに撥ねられたけれど、病院に運ばれたのは遼だけだった。そして、一週間眠り続けたあとで目を覚ました彼は、幸いにも命に別状はなく、すぐに退院した。
だけど、事故が起こったときの状況を両親から聞かされた遼は、たしかに一緒にいたはずだった私がその場にいなかったことが信じられず、その足で私に会いに行った。
ところが、私は引っ越したあとだった――。