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ぼんやりとした視界の中、ほとんど無意識のうちに遼の姿を探していた。打ち上げられたはずの体に痛みはなくて、それと同じように抱き締められている感触も温もりもないことに気づく。

「……っ! 遼!?」

自分自身の体を気遣うこともなく叫んだのは、ずっと一緒にいた人の名前。だけど……。

「え……? どうして……」

そんな私の視界に飛び込んできたのは夕焼け空でも遼の姿でもなくて、満開に咲き誇る桜の木だった。
少し前まで見ていたものよりも、伸びている枝。蕾が僅かについていただけだったはずの桜の木には淡いピンクが空いっぱいに広がり、花びらをはらはらと降らせている。

制服に包まれていたはずの体はどう見ても十五歳のときの自分のものではなくて、起こした体の半分を確かめるように地面を見下ろせば、桜色のスカートが映った。どこを見ても人の気配はなく、ふと足元に落ちていた見覚えのあるバッグからスマホを取り出して画面を見ると、【四月七日】と表示されている。時刻は十六時五十七分で、ここで最初に時間を確認したときと同じだった。

「夢……だったの……?」

過去に戻ったと思っていたのは錯覚で、すべて私の夢の中のことだったのかもしれない。だって、今思えばあまりも出来過ぎていて、ご都合主義だったから。

どうせ都合のいい夢を見せられていたのだとしたら、せめてそのときだけでも笑って別れさせてくれればよかったのに……。
そんな風に悪態をついてみたけれど、ずっと繋いでいた右手にはまだ遼の温もりが残っているような気がして、夢だと思うにはすべてがあまりにも鮮明過ぎる。見たばかりの光景を脳内で処理できないままでいると、バッグの下に白い紙が隠れていることに気づいた。

手を伸ばして取ったそれは、見覚えがある。ここに私を呼び寄せた、一通の手紙。
まだ夢か現実かも理解できていない頭が、昨日書いたばかりのように思うのも無理はないのかもしれないけれど……。数日前に届いて暗記するほど読んだ手紙を、おもむろに封筒の中から取り出した。

【松村美咲様】

何度も目にした内容を追いながら視界が滲んでいく。夢だったとは思えないけれど、タイムリープしていたとしても、私は遼を救えなかった。きっと、多くを望んでしまったから、桜神社の神様を呆れさせてしまったに違いない。

「ごめんね、遼……」

欲張ったりなんてしなければよかった。遼が生きてさえいてくれれば、それだけでよかったはずなのに……。

ひとつの大きな後悔をようやく消せたはずだったのに、今はまた違う後悔が胸を締めつける。それを感じながらも視線を走らせていた私は、ふとそれを止めた。