「美咲」

自分自身の欲に戸惑っていると、遼に優しく呼ばれた。

「美咲は来週になれば引っ越すし、離れ離れになるけどさ……。付き合ってほしい」

「え?」

「春からやっと高校生になる俺たちはまだまだ子どもで、簡単に会いに行くこともできないけど……。俺は、これからも美咲と一緒にいたい。離れてしまっても、この気持ちは変わらないと思う。だから、俺と付き合ってください」

真剣過ぎる瞳に捕まって視線を奪われ、真っ直ぐに想いをぶつけられて、胸の奥が甘い音を立てた。
キュンキュンと反応する心が、ひとつの返事しか用意させてくれなくて。気づけば、何度も首を縦に振っていた。

「うん……。私も、遼と一緒にいたい……」

素直な気持ちを返した直後、遼が満面に笑みを咲かせた。それはまるで、あの満開の桜のような表情で、歓喜をあらわにする彼に不安が小さくなっていく。

もしかしたら、未来を変えることができたかもしれない。そんな風に考えたのは、十年前にはなかった状況が起こったから。
十年前は告白できなかったし、もちろん遼が想いを伝えてくれることも、ましてや両想いだったなんて知ることもなかった。
それが今は、想いが届き、彼も同じように好きだと言ってくれた。

あの日にも、そして十年後にもなかった結果。ここまで大きく変わったのなら、この先の運命を変えることもできたんじゃないだろうか。
そんな気持ちでいると、遼の携帯が鳴った。
刹那、心臓が大きく跳ね上がった。同時に、嫌な感覚に心が包まれていく。

「あっ! 俺、もう少したら行かないと」

じわじわと広がり始めた不安があっという間に大きくなり、ほんの一瞬だけの幸せな時間を壊して心を暗闇に引きずり込もうとしてくる。

「待って、遼! 今日は、ずっと一緒にいよう? ここでずっと……」

必死に引き止める言い訳を用意しようとしているのに、思考がちゃんと働いてくれない。案の定、遼は困惑しているようで、彼の顏には戸惑いの色が浮かんでいた。

「あのさ、美咲……明日じゃダメか? 高校で寮に入る奴もいるし、それまでにみんなで集まれるのは今日だけなんだ」

あの日も遼は桜神社に着いた直後にそう言っていた。だから、彼をあまり引き留めることができなくて、自分自身もすぐに友人たちと合流したのだ。

だけど、今はそれを飲むわけにはいかない。ここで遼を行かせてしまったら取り返しがつかなくなる、というのは直感でわかっていたから。

「遼、お願い……。今日だけは、私と一緒にいてほしい。こんなワガママを言うのは、今日だけだから……。そしたら、もう二度とワガママなんて言わないから」

「美咲、どうした? お前、そういうこと言う奴じゃないだろ?」

「……理由は言えない。でも……行かせたくないの……!」

語尾が強まった私に、彼はますます困惑の表情になり、さっき見せてくれた喜びの顔はすっかり消えていた。せっかく両想いになれたのに、私たちの間にはそんな雰囲気は微塵もない。