見上げた先には、朱い鳥居が構えている。
ここに来るのは一昨日以来だけれど、なんだか懐かしいような、奇妙な気持ちになるような、複雑な感覚に包まれていた。そんな気持ちとともに、遼とふたりで桜神社に足を踏み入れた。

「さすがにまだ咲いてないな」

「咲くのはもう少し先でしょ」

「まぁ、そうだよな。やっぱり、美咲が引っ越すまでには咲かないよな」

ぽつりと落とした彼を見れば、「お前、ここの桜好きだっただろ」と眉を下げながら笑みを向けられた。

「去年の春にみんなで一緒に見に来たとき、他の奴らはすぐに遊び始めたのに美咲だけずっと桜を見てたよな」

「あ、うん……」

「だから、美咲が引っ越す前に咲けばいいなって思ってたんだ」

微笑む横顔は、どこか寂しげだった。零された思いが本心からのものだと伝わってきて、胸の奥が切なくなる。

遼が一年前の些細な出来事を覚えていてくれたことが、とても嬉しい。
あの日、みんなは桜なんてほとんど見ていなかったけれど、私だけはずっと満開の桜の木に魅せられてこの場から離れなかった。もう私自身ですら忘れてしまっていたのに、彼はまるで昨日のことを話しているみたいだった。
たしか、十年前にも同じ会話を交わし、そのときも同じことを思った。

そういえば、十年前は桜が咲くのを見ることができないまま引っ越すことになったから、十五歳の私がこの桜の木を最後に一緒に見た相手は、遼だった。その数時間後には彼が永遠に目を開けてくれなくなるなんて思いもしなかった帰り道、告白できなかったことに落ち込みながらも心のどこかでは振られなくて済んだという小さな安堵感があったのも事実で、引っ越しの日までに伝えるべきか言わずにいるべきか悩んでいた。

そして、その数時間後。遼が還らぬ人となった姿を目の当たりにして、現実を受け入れられないグチャグチャの頭の中で、悲しみと後悔が押し寄せてきた。

それから十年の間、どうすることもできない後悔ばかりを募らせて生きてきた私は、一昨日になってようやくこの地を訪れ、桜の木と再会を果たした。十年前の卒業式にここに来たときとはまったく違う気持ちで見た桜は、相変わらず気高さを感じるほどに美しかった。

「そんな顔するなよ」

不意に声を掛けられてぼんやりとしていたことに気づき、慌てて遼を見ると、彼は明るい笑顔で口を開いた。

「写真、送ってやるからさ」

あぁ、そうだ……。遼は、あの日もそう言ってくれた。

「春休み中に毎日見に来て、開花のときも満開のときもちゃんと写真送ってやるよ」

友達のいない土地に行くことへの漠然とした不安を抱えていた私を、優しく励ますように。大丈夫だ、と背中を押すように。彼は、あの日と同じ台詞を満面の笑みで紡いでくれた。

「本当に? 遼のことだから、三日坊主になるんじゃないの?」

嬉しくてお礼を言いたかったのに、告白するつもりだった十五歳の私は、喜びと緊張に負けてしまって、それを可愛くない口調でごまかそうとする。

「おい、こら。人の親切になんてこと言うんだよ」

すると、やっぱり十年前と同じ言葉が返ってきた。


“守るよ、美咲との約束だ。十年後の約束も忘れたりしない”
「守るよ、美咲との約束だ。十年後の約束も忘れたりしない」


記憶に鮮明に刻まれたままの台詞を心の中でそっと呟けば、一言一句が綺麗に重なった。十年前にも感じた胸が焦がれるような想いを、あの頃となにも変わらないまま想起させられる。
これは、十五歳の私が抱いていた感情なのか。それとも、二十五歳の私が感じている気持ちなのか。もう、わからなくなっていた。