卒業式は、滞りなく終わった。
十年前とは違う行動を取ったことで、てっきり卒業式でもなにか変わるかと思っていたのに、忘れていたことや薄れていた記憶すらも鮮明にさせるかのように、“見たことがある景色”しか目にすることがなかった。
こうなると、いよいよ不安が大きくなってくる。
遼が事故に遭ったのは、二〇〇九年三月十七日の午後四時過ぎだった。私が過去にタイムリープしたことでなにか少しでも好転するんじゃないかという期待を持っていたけれど、もしかしたらそのせいでもっと悪い方向に転ぶこともあるかもしれない。
考えれば考えるほど悪いことしか浮かばなくなってきて、校舎を背に友人と楽しそうにしている遼を見つめながら、不安に押しつぶされてしまいそうだった。
「美咲、ちゃんと言えそう?」
不意に耳打ちしてきた紘子が、心配そうに私を見ている。過去の私は、このときに『無理かもしれない』と弱気な発言をして、彼女に『このまま会えなくなってもいいの!?』と叱咤激励された。
あの日は、その言葉通りになるなんて思ってもみなかったけれど……。それが現実になってしまった未来を一度歩んできたから、ありふれた日々が当たり前じゃないことを痛いくらいに理解している。
だからこそ、同じ過ちを繰り返す気はない。
「大丈夫。“今度はちゃんと伝える”って決めたの」
「え? 今度って……?」
意を決した面持ちの私の言葉に、紘子は怪訝そうに眉を寄せた。そんな彼女に、小さな笑みとともに「ありがとう」と告げる。
そして、深呼吸をひとつしたあと、遼の傍に行った。
「遼。朝にお願いしたこと、今からでもいいかな?」
「え?」
「私と一緒に来て」
言い終わった直後、男子たちが色めき立った。誰かの「みさきコンビが夫婦になるのか!?」という中学生らしい囃し立て方に苦笑が漏れそうになったけれど、私は遼だけを真っ直ぐ見つめたまま、周囲には目もくれなかった。
そんな私に真摯に応えるかのように、彼が少しの間を置いてから頷いた。
十年前は、私が桜神社で遼のことを待っていた。だけど今は、“もしものこと”を考えると先に行って待っているのが怖くて、彼の運命を見張るような気持ちで並んで歩いた。
「そんなに急いでたのか?」
「そういうわけじゃないんだけど……。あ、ごめんね。写真、もっと撮りたかったよね」
「いや、それはいいんだけど」
言葉を止めた遼が、頬を掻いて苦笑する。彼がそんな顔をする理由がわからなくて小首を傾げると、小さなため息が零された。
「俺、あとであいつらとカラオケに行く約束してるんだ。合流したら、からかわれそうじゃん」
心臓がドクンと音を立てる。嫌なリズムで鼓動を刻み始めた胸の奥をごまかすように、アハハッと明るく笑って見せた。
「からかわれるくらい、別にいいじゃない」
死んじゃうよりも、ずっとずっといいよ……。
抱えた本音を心の中で留めた私に、再びため息が返ってきた。
「からかわれるのは俺なんだからな」
「うん、ごめんね」
素直に謝罪を口にしながらも曖昧な笑みを浮かべると、遼は不満げな顔で「まったく……」とごちた。ぶっきらぼうだけれど、怒ってはいないのはわかるから、彼の優しさに泣きたくなるほどの愛おしさが芽生えてくる。
学校を出るまで冷やかされていたから、きっとあとでもっとからかわれるだろう。
でもね、その方がずっといいんだよ……と心の中で呟いて、小さな苦笑を見せた。
十年前とは違う行動を取ったことで、てっきり卒業式でもなにか変わるかと思っていたのに、忘れていたことや薄れていた記憶すらも鮮明にさせるかのように、“見たことがある景色”しか目にすることがなかった。
こうなると、いよいよ不安が大きくなってくる。
遼が事故に遭ったのは、二〇〇九年三月十七日の午後四時過ぎだった。私が過去にタイムリープしたことでなにか少しでも好転するんじゃないかという期待を持っていたけれど、もしかしたらそのせいでもっと悪い方向に転ぶこともあるかもしれない。
考えれば考えるほど悪いことしか浮かばなくなってきて、校舎を背に友人と楽しそうにしている遼を見つめながら、不安に押しつぶされてしまいそうだった。
「美咲、ちゃんと言えそう?」
不意に耳打ちしてきた紘子が、心配そうに私を見ている。過去の私は、このときに『無理かもしれない』と弱気な発言をして、彼女に『このまま会えなくなってもいいの!?』と叱咤激励された。
あの日は、その言葉通りになるなんて思ってもみなかったけれど……。それが現実になってしまった未来を一度歩んできたから、ありふれた日々が当たり前じゃないことを痛いくらいに理解している。
だからこそ、同じ過ちを繰り返す気はない。
「大丈夫。“今度はちゃんと伝える”って決めたの」
「え? 今度って……?」
意を決した面持ちの私の言葉に、紘子は怪訝そうに眉を寄せた。そんな彼女に、小さな笑みとともに「ありがとう」と告げる。
そして、深呼吸をひとつしたあと、遼の傍に行った。
「遼。朝にお願いしたこと、今からでもいいかな?」
「え?」
「私と一緒に来て」
言い終わった直後、男子たちが色めき立った。誰かの「みさきコンビが夫婦になるのか!?」という中学生らしい囃し立て方に苦笑が漏れそうになったけれど、私は遼だけを真っ直ぐ見つめたまま、周囲には目もくれなかった。
そんな私に真摯に応えるかのように、彼が少しの間を置いてから頷いた。
十年前は、私が桜神社で遼のことを待っていた。だけど今は、“もしものこと”を考えると先に行って待っているのが怖くて、彼の運命を見張るような気持ちで並んで歩いた。
「そんなに急いでたのか?」
「そういうわけじゃないんだけど……。あ、ごめんね。写真、もっと撮りたかったよね」
「いや、それはいいんだけど」
言葉を止めた遼が、頬を掻いて苦笑する。彼がそんな顔をする理由がわからなくて小首を傾げると、小さなため息が零された。
「俺、あとであいつらとカラオケに行く約束してるんだ。合流したら、からかわれそうじゃん」
心臓がドクンと音を立てる。嫌なリズムで鼓動を刻み始めた胸の奥をごまかすように、アハハッと明るく笑って見せた。
「からかわれるくらい、別にいいじゃない」
死んじゃうよりも、ずっとずっといいよ……。
抱えた本音を心の中で留めた私に、再びため息が返ってきた。
「からかわれるのは俺なんだからな」
「うん、ごめんね」
素直に謝罪を口にしながらも曖昧な笑みを浮かべると、遼は不満げな顔で「まったく……」とごちた。ぶっきらぼうだけれど、怒ってはいないのはわかるから、彼の優しさに泣きたくなるほどの愛おしさが芽生えてくる。
学校を出るまで冷やかされていたから、きっとあとでもっとからかわれるだろう。
でもね、その方がずっといいんだよ……と心の中で呟いて、小さな苦笑を見せた。