十年経っても褪せない想いを遼に伝えて、彼を助けたい。未来がどうなるのかなんてわからないし、明日なにかを変えられたとしてもそれが必ずしもいい方向に転ぶとは限らないとも思う。
いつか観た過去にタイムリープする映画では、“過去を変えないこと”がルールだったけれど、私はそんな説明を受けていないからこれは『遼を助けなさい』というお告げなのかもしれない。

強引にご都合主義な解釈に辿り着いた私に、遼が「ちゃんと書けよ」と満面の笑みで言う。その表情に、胸の奥がきゅうっと締めつけられた。

「それにしても、こういう伝統って悪くないよな。十年後の自分への手紙を書くなんて、恥ずかしい気もするけどさ……美咲との約束のこととか考えると、ワクワクする」

卒業式の前日に十年後の自分に宛てて書いた手紙は学校に保管され、毎年この季節に十年前のものを校長先生が投函するのがうちの学校の伝統だ。当時のまだなにも知らなかった私も、彼と同じように思っていた。

「桜神社のこと、ちゃんと書いておけよ」

「大丈夫だよ。“私は、一日も忘れたりしない”から」

「なんで言い切れるんだよ」

訝しげな視線を寄越す遼に曖昧に笑って、再び前を向いた。

あの日とまったく同じ内容をしたためたあと、少し悩んでから『十五歳の松村美咲より』という最後の一行を消した。そして、握っているペンに力を込めて、一言一句に願いを込めるように新たな言葉を連ねていく。


遼が生きていることを祈ります。
あと二十四時間しかないけれど、
なにかひとつでも変えてください。
たとえ、この恋が実らなくてもいい。
どうか、どうか――。


「美咲? 書けたか?」

強い想いを込めてペンを動かしていた私は、遼の声にハッとして振り返った。

「……なんで泣いてるんだよ?」

彼に指摘されて初めて、涙が頬を濡らしていることに気づき、慌ててそれを拭った。

「明日が卒業式だと思うと、寂しくなっちゃった……」

遼のことを書いているんだよ、なんて言えないから、「泣くのが早過ぎないか?」と呆れたような顔をしている彼に、泣き顔を隠すために微笑んでから前を向いた。

もしここに書いたことが叶うのなら、きっと私の想いは叶わない。私を過去に連れてきてくれたのが桜神社の桜なのだとしたら、叶う願いはたったひとつ。
だけど……十年以上も片想いのまま生きてきた私にとって、この恋が実らずに散る代償が新たな願いの成就であるのならば、きっと充分過ぎるくらいだ。

「遼、約束だからね」

「ん? あぁ、わかってるよ。十年後、どこにいても……だろ」

楽しげな表情に、胸が甘く切ない音を立てる。こんなにも苦しくなるような愛おしい感情は、たぶん二十五歳の私も感じたことはなかった。
遼に気持ちを言えなかった十五歳の私は、私たちには明日が当たり前のように来るのだと思い込んで疑わず、卒業式に日に彼に告白できなかった自分自身を『引っ越しまでにまだ時間はあるじゃない』と慰めた。
遼を失って十年の月日を歩んだ昨日までの二十五歳の私は、彼に二度と会えないという現実に嘆き、過去を悔やみ続けて生きてきた。

それらを経験して再び十五歳に戻った私は、一度失った大切な人ともう一度会えたことに対する大きな喜びと、このままではまた大切な人を失ってしまうかもしれないという恐怖心を抱いている。
そして、相反する感情の中で向けられる大好きな笑顔を見つめ、苦しくも愛おしい想いに胸の奥を強く締めつけられていた。


タイムリミットは、約二十四時間後。
それまでに私は、遼の未来を変えたい。なにをどうすればそれが叶うのかはわからないけれど、少なくとも十年前とは違う行動をしなければいけないはず。
チャンスは、何度も訪れない。それだけは嫌というほどに理解しているから、とにかく遼の行動を変える方法を模索していた――。