花火大会が終わって、4週目のプール掃除がやってきた。
結局あの日は足が痛いからとスミくんの自転車の後ろに乗せてもらって、家まで送ってもらった。スイさんの服とサンダルを借りたけれど、背が高くてスタイルのいいスイさんの服は少し大きかった。
シュンとは花火大会の日以来話していない。家も近いのに、帰りに私が写真部部室に行かなければこんなにも会うことってないんだなと驚いた。3日もシュンと顔を合わせていないなんて、出会ってから始めてのことかもしれない。長期連休でさえ無理やりシュンに遊んでもらったし。
「あ、ナツノ、今日はちゃんと来たんだ?」
先週と違って天気は晴れ。6月下旬、7月に差し掛かかった気温は、もう夏に高い。日焼け止めをしっかり塗ってプールサイドに降り立つと、スミくんがすぐに私を見つけて駆け寄ってきた。
今日は周りに他のクラスもいる。相変わらず人に囲まれていたのに、わたしを見つけるなりその輪を抜けてきて、スミくんって素直だなあと思う。
「最後だもん、仕方なく、ね」
「相変わらず素直じゃないなー」
ケラケラと笑う。
「めんどくさがりのナツノに朗報、今日はいつもよりはやく終わるってよ」
「え、そうなの? なんで」
「終わったら水張って、水泳部がプール開きするんだって」
「あ、そうなんだ」
なんで、なんて聞くんじゃなかった。
別にもう関係ないけど、水泳部、と聞くとやっぱり少し罪悪感が蘇る。
「見てく?」
「見ないよ」
見てく? なんて、悪戯なような顔をして聞く。見ないよバカ。水泳部のひとたちとは、辞めてから一度も会話すらしていないんだし。
「ナツノちゃん、ひさしぶり」
ふと、それは突然のこと。スミくんの後ろから、私よりも背の低い見覚えのあるショートボブがひょこっと顔を覗かせた。久しぶりに近くで見たその可愛らしい顔にどきりとする。
水泳部で、同い年の、女の子だ。1年ぶりに、面と向かって顔を合わせたかもしれない。
「キサちゃん、」
キサちゃん。私が水泳部に入部した時から唯一同じ学年の女の子。思わず気まずそうな声が出てしまったのは仕方ないと思う。顔は大丈夫かな。というか、明らかにスミくんが匿っていて、タイミングを見て顔を出したと思うんだけれど、どういうこと?
「俺、キサとは去年同じクラスだったんだよね」
「……へえ、そうなんだ」
なに、別にそんなの、聞いてないし。
キサちゃん。佐伯 綺沙ちゃん。入部した時から、部活の輪に入ろうとしない私を何かと気にかけてくれた、優しい子だ。キサちゃんはいつだって優しかった。先輩がわたしのよくない噂を聞いて当たりが強くなっても、部活の懇親会に参加しないことを先生に咎められた時も、キサちゃんだけはわたしに変わらない態度で接してくれた。
それなのに、わたし、わざとこの子の好きな人と関係を持った。
どくどくと心臓がなる。もう話すことなんてないと思っていた。わざとこの子のことを傷つけて、怒った先輩や後輩たちが私のことをあからさまに無視するようになって、居心地の悪い場所で泳ぐくらいならいっそ辞めてしまおうと思ったのだ。
「ナツノ、ちょっと」
スミくんが突然手招いてキサちゃんから距離をとった。花の咲いていない桜の木陰に身を移すと、小声で私に話しかける。キサちゃんはまるでそれを待っていたかのように、じっとこちらをみて、それからわざと視線を外した。
「キサがさ、ナツノと話したいって」
「なにそれ、今更、話すことなんてないよ」
「それは、ふたりのことだからおれにはわかんないけど」
「てか、スミくん、キサちゃんと仲良かったんだ」
「何? 嫉妬?」
「違うよバカ」
「なんだ、可愛いとこあるじゃんって思ったのに」
悪戯な笑顔を浮かべるスミくんはこの状況をちゃんと理解しているんだろうか。というか、キサって呼ぶくらいには仲がいいなんて知らなかった。人当たりのいいスミくんのことだから、同じクラスになったら基本全員と仲良くなるんだろうけれど。
「というか、なんでスミくんがこんなことするの」
「気に障ったならごめん。でも、ナツノと話したいって言ってたから、いい機会かなって思っておれが連れてきたんだよ」
「なにそれ……」
「なんでだろ、おれも、わかんないけどさ。ナツノがまた泳いでくれたらいいなって思うからかな」
「余計に意味わかんないよ」
ていうか、またって何? スミくんと知り合ったのなんて今年の4月でしょ。それに、そんなこと、また泳いでくれたらいいなんて、スミくんが言うことじゃない。
「でも、俺は別に強要しないよ。話を聞きたくないなら俺から断るけど、どうする?」
ほら、ね。まただ、スミくん。そうやって私に答えを委ねる。自分の発言や行動に責任を持てって言われてるみたい。だから、自分で決めること、苦手なんだってば。
「……ずるいね本当」
「なにが?」
「私が断らないってわかってて言ってるでしょ」
「そんなことないって。ナツノって素直じゃないし」
「うるさいバカ」
見透かしたようにスミくんがわらう。何も言っていないのに、スミくんはまるで全部わかっているみたいだ。