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中学2年、春。
自分の気持ちに気づいてから、1年が経とうとしていた。ハルカが好きだということに変わりはなく、シュンとハルカと3人でいることも変化はなかった。我ながら、うまく好意を隠せていたと思う。
やり過ごして、それでいて、あの日がやってきた。
前日から違和感はあった。その日は始業式で、水泳部は当たり前のように休みだったのに、ハルカは用事があると行ってわたしと一緒に帰ることを拒んだ。
シュンは珍しく写真部での集まりがあるとのことで、元々2人で帰る予定だったのだけれど。
しかも、2年になって2人とはクラスも離れてしまった。わたしは寂しく1人で帰ることにした。
けど、本当は今日提出しないといけない春休みの課題をひとつ家に忘れてしまったいたことを思い出した。ちょうど部活もないし、シュンもハルカもいないことだし、一度家に帰って戻ってこよう。珍しくそんな真面目なことをしたのが今思えば間違いだったのかもしれない。
一度家に帰って、忘れたテキストを持って学校へ。放課後の職員室に顔を出すと、担任は忘れたのは良くないけれど、その日のうちに持ってくるのは偉いな、とよくわからない褒め方をしてくれた。雑談をして数分、外がオレンジ色に染まった頃、わたしは学校を出た。
何気なく歩く帰り道。
ひとりで帰るのなんて、ハルカが風邪を引いた時くらいだ。シュンは無頓着な男なので勝手に帰ることもしばしばあったけれど、部活もクラスも同じだったハルカとは毎日一緒に帰っていたから。
部活が終わった下校生徒たちもまだ少ない。やけに広く感じる帰り道で小石を蹴ると、思ったより重みがあって私の足先に痛みが落ちた。蹴るんじゃなかった。課題も忘れるし、ついてないかも。
あーあ、早く帰ろう、今日の夕飯何かな、なんて呑気なことを考えて、道の角を曲がったその刹那。
見覚えのある、背中を見て、息を呑んだ。
────シュンとハルカだ。手を、繋いでいる。
あまりの衝撃に、わたしはそこから動くことができなかった。
自分の見間違いかも、と、漫画のように目を擦ったりしてみたけれど、数メートル先を歩く2人の後ろ姿は、確かに存在していた。
まだ、私たちとそこまで身長が変わらなかった猫背のシュンと、綺麗なロングストレートを揺らす、後ろ姿まで綺麗なハルカ。
間違えるはずがない。だってずっと、2人の横にいたから。ずっと、ハルカのことを、見ていたから。
艶のある綺麗な漆黒のストレートロングも、膝丈ギリギリを狙ったセーラー服のスカートも、そこから伸びる長くて細い脹脛も、去年の冬一緒に買ったお気に入りのスニーカーも、お揃いでつけていたスクールバッグのぬいぐるみも。なにひとつ、取りこぼさず、目に焼き付ける。
知らなかった、なんだ、そっか、そうだったのか。
でも、思い当たる節なんて、いくつもあった。初めて出会った時、ハルカを見た瞬間のシュンの表情。年上に告白されたんだと報告した時のハルカの顔。私たち以外にいくらでも友達がいるハルカが、私たち2人に執着する理由。なんだ、簡単なことだった。出会った時からきっと、ふたりは惹かれあっていて、なんらかのかたちで想いが通じ合ったのだ。
わたしの知らないところで、恋をしていた、ただそれだけ。
驚くくらい冷静に、その姿を見ていた。好きな人と想いが通じ合えば、手を繋ぐことができるんだ。……男女であれば、好きということさえ、躊躇わずに、告げることができるんだ。
わたしは、どれだけ好きでも、どれだけ想っていても、気持ちを言葉にすることすら、できやしないのにね。2人の背中を、見つめることしか、できないのにね。
男女で、よかったね。異性で、よかったね。
わかってる、そんなこと、関係ないことぐらい。男女だから、異性だから、惹かれあったわけじゃない。わかってる。でも、もし、わたしが、私の性別が、男だったら?
だけどその時、大好きな2人に向けて、信じられないくらい黒くて重くてどろどろとした鉄の塊のような感情がふつふつと沸いてきて、ああいっそ、ハルカに出会わなければ、ハルカがいなければ、なんて、そんなことを願った。
もしかしたら、私はそのとき、神さまに願ってしまったのかもしれない。そして神さまが気まぐれに、私の願いを拾ってくれてしまったのかもしれない。
次の日、2人に会っても、わたしも、シュンも、ハルカも、何食わぬ顔をしていた。何も見ていない素振りで、ふたりの関係をどちらかから聞くこともなく、何か聞かれることもなく、至って普通に過ごした。けれど確実に、少しだけ、距離ができた。目には見えない何か、だ。
そしてわたしは、その後すぐ、はじめて異性と関係を持った。
誘ったのはきっと私の方からだ。あまりよく覚えていないけれど、自分に好意がありそうな、真面目そうな先輩だった気がする。真面目そうな顔をして、そういうことは躊躇いもなく、私に手をかけるんだな、と冷静に行為をした。好きじゃなくても、できるんだな、こういうこと、誰とでも。
悲しいとか、傷つくとか、そんなことはなかったけれど、そういう行為をする時だけは、自分がちゃんと女の子でいられる気がした。もちろん、シュンやハルカには言えなかったけれど。(その後何人も関係を持ったので、後々シュンにはすべてバレて、男癖が悪いと言われるんだけどね)
そして、ハルカとシュンが手を繋いでいるのをみてから、1ヶ月ほどだった頃。
─────突然ハルカが亡くなった。交通事故だった。
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中学2年、春。
自分の気持ちに気づいてから、1年が経とうとしていた。ハルカが好きだということに変わりはなく、シュンとハルカと3人でいることも変化はなかった。我ながら、うまく好意を隠せていたと思う。
やり過ごして、それでいて、あの日がやってきた。
前日から違和感はあった。その日は始業式で、水泳部は当たり前のように休みだったのに、ハルカは用事があると行ってわたしと一緒に帰ることを拒んだ。
シュンは珍しく写真部での集まりがあるとのことで、元々2人で帰る予定だったのだけれど。
しかも、2年になって2人とはクラスも離れてしまった。わたしは寂しく1人で帰ることにした。
けど、本当は今日提出しないといけない春休みの課題をひとつ家に忘れてしまったいたことを思い出した。ちょうど部活もないし、シュンもハルカもいないことだし、一度家に帰って戻ってこよう。珍しくそんな真面目なことをしたのが今思えば間違いだったのかもしれない。
一度家に帰って、忘れたテキストを持って学校へ。放課後の職員室に顔を出すと、担任は忘れたのは良くないけれど、その日のうちに持ってくるのは偉いな、とよくわからない褒め方をしてくれた。雑談をして数分、外がオレンジ色に染まった頃、わたしは学校を出た。
何気なく歩く帰り道。
ひとりで帰るのなんて、ハルカが風邪を引いた時くらいだ。シュンは無頓着な男なので勝手に帰ることもしばしばあったけれど、部活もクラスも同じだったハルカとは毎日一緒に帰っていたから。
部活が終わった下校生徒たちもまだ少ない。やけに広く感じる帰り道で小石を蹴ると、思ったより重みがあって私の足先に痛みが落ちた。蹴るんじゃなかった。課題も忘れるし、ついてないかも。
あーあ、早く帰ろう、今日の夕飯何かな、なんて呑気なことを考えて、道の角を曲がったその刹那。
見覚えのある、背中を見て、息を呑んだ。
────シュンとハルカだ。手を、繋いでいる。
あまりの衝撃に、わたしはそこから動くことができなかった。
自分の見間違いかも、と、漫画のように目を擦ったりしてみたけれど、数メートル先を歩く2人の後ろ姿は、確かに存在していた。
まだ、私たちとそこまで身長が変わらなかった猫背のシュンと、綺麗なロングストレートを揺らす、後ろ姿まで綺麗なハルカ。
間違えるはずがない。だってずっと、2人の横にいたから。ずっと、ハルカのことを、見ていたから。
艶のある綺麗な漆黒のストレートロングも、膝丈ギリギリを狙ったセーラー服のスカートも、そこから伸びる長くて細い脹脛も、去年の冬一緒に買ったお気に入りのスニーカーも、お揃いでつけていたスクールバッグのぬいぐるみも。なにひとつ、取りこぼさず、目に焼き付ける。
知らなかった、なんだ、そっか、そうだったのか。
でも、思い当たる節なんて、いくつもあった。初めて出会った時、ハルカを見た瞬間のシュンの表情。年上に告白されたんだと報告した時のハルカの顔。私たち以外にいくらでも友達がいるハルカが、私たち2人に執着する理由。なんだ、簡単なことだった。出会った時からきっと、ふたりは惹かれあっていて、なんらかのかたちで想いが通じ合ったのだ。
わたしの知らないところで、恋をしていた、ただそれだけ。
驚くくらい冷静に、その姿を見ていた。好きな人と想いが通じ合えば、手を繋ぐことができるんだ。……男女であれば、好きということさえ、躊躇わずに、告げることができるんだ。
わたしは、どれだけ好きでも、どれだけ想っていても、気持ちを言葉にすることすら、できやしないのにね。2人の背中を、見つめることしか、できないのにね。
男女で、よかったね。異性で、よかったね。
わかってる、そんなこと、関係ないことぐらい。男女だから、異性だから、惹かれあったわけじゃない。わかってる。でも、もし、わたしが、私の性別が、男だったら?
だけどその時、大好きな2人に向けて、信じられないくらい黒くて重くてどろどろとした鉄の塊のような感情がふつふつと沸いてきて、ああいっそ、ハルカに出会わなければ、ハルカがいなければ、なんて、そんなことを願った。
もしかしたら、私はそのとき、神さまに願ってしまったのかもしれない。そして神さまが気まぐれに、私の願いを拾ってくれてしまったのかもしれない。
次の日、2人に会っても、わたしも、シュンも、ハルカも、何食わぬ顔をしていた。何も見ていない素振りで、ふたりの関係をどちらかから聞くこともなく、何か聞かれることもなく、至って普通に過ごした。けれど確実に、少しだけ、距離ができた。目には見えない何か、だ。
そしてわたしは、その後すぐ、はじめて異性と関係を持った。
誘ったのはきっと私の方からだ。あまりよく覚えていないけれど、自分に好意がありそうな、真面目そうな先輩だった気がする。真面目そうな顔をして、そういうことは躊躇いもなく、私に手をかけるんだな、と冷静に行為をした。好きじゃなくても、できるんだな、こういうこと、誰とでも。
悲しいとか、傷つくとか、そんなことはなかったけれど、そういう行為をする時だけは、自分がちゃんと女の子でいられる気がした。もちろん、シュンやハルカには言えなかったけれど。(その後何人も関係を持ったので、後々シュンにはすべてバレて、男癖が悪いと言われるんだけどね)
そして、ハルカとシュンが手を繋いでいるのをみてから、1ヶ月ほどだった頃。
─────突然ハルカが亡くなった。交通事故だった。