『ねえシュン、この間のハルカの話、どう思う?』
『どう思うって、何が?』
『だーかーらー、ハルカに彼氏ができたらどう思うかって話!』


もう、シュンはいつだって人の気持ちに鈍感だ。

放課後、いつものように3人で帰宅した後。シュンはこれから川に写真撮りに行くというので、私はついていくことにした。ハルカは習っているピアノの塾があったから、久しぶりにシュンと2人になったときのこと。

お義父さんにもらったというカメラを首からぶら下げて、空を撮ったり道端の猫を撮ったり。最近のブームなんだって。私のことを撮ってくれてもいいのにね。


『どうって……自然なことじゃない、知らないけど』
『なにそれ、シュンは寂しくないの? もしハルカに彼氏ができても』
『まあ、寂しくはあるかもしれないけど』


あれ、意外にも、そこは素直なんだ。


『わたし、全然実感湧かないや』
『実感って? ていうか、ハルカだって断るって言ってたし、そんなに悩むことでもないだろ』
『そうかな、ハルカモテるし、いつ彼氏ができるかってどきどきしちゃうよー』
『ふうん、変なの。そんなのハルカの勝手なのに』


そりゃ、そうだけどさ。

ちえ、シュンのバカ。そんなふうに言わなくたっていいのに。それに、もしかしたら、ハルカはシュンのことが好きなのかもしれないのに。

これは、私の憶測でしかないけれど。


『……あとで後悔するよ、バカシュン』
『後悔? なにを?』
『ハルカにもしすごーいカッコイイ彼氏ができたら、シュン、後悔するかもよっ!』
『……それはナツノも同じかもよ』


なにそれ。すぐ人のことバカにする。

ハルカが私たち2人の元からいなくなったらどうしよう。もちろん、そもそもいちばん初めは私とシュン2人でいて、小学3年の春ハルカと出会った。だから、もしハルカが誰かを好きになって、その人優先になって、私たちのことは二の次になったとしても、シュンと2人に戻るだけなんだけど。


『でも、やっぱ、寂しいな、わたし』
『なんでそんなにハルカがいなくなると思うんだよ』
『わかんない、でもさ、私とシュンはそういうことに疎いけど、ハルカは直ぐに誰かのものになっちゃいそうだなって思うんだ』


枯れかけの桜の木が風でざわめく。

そっか、わたし、焦ってるのかも。ハルカがひとりで大人になってしまうんじゃないかって。ひとりで先に誰かのものになってしまうんじゃないかって。

この気持ちがなんなのか、まだよくわからないけれど、それが凄く寂しくて、同時にすごく、嫌だ。


『ね、シュン、もしハルカがいなくなっても、わたしとシュンはずっと一緒にいようね』
『いなくなるとか大袈裟』
『そんなことないもん』
『ハルカに彼氏ができたらいなくなると思ってんの』
『そういうわけじゃないけどー』


でも、いなくなると同じことだ。わたしたちが1番じゃなくなる。わたしはハルカとシュンが1番なのに。


『ナツノって依存気質なのかもね』
『ちょっとなにそれ、悪口でしょ!』
『別に』


シュンは逆に淡白すぎる。たぶん一緒にいるのだって誰でもいい。というか別に誰かと一緒にいなくても問題ないタイプ。だからこそ楽でもあるんだけれど。


『もしハルカがおれたちのところからいなくなっても、別に忘れなければ永遠だと思うけど』
『忘れなければ永遠?』


シュンのくせに、珍しくクサいことを言う。

いつも、フラッと私たちの元からいなくなってしまいそうなハルカ。誰にでも人気で、分け隔てなくて、頭が良くて、容姿端麗で、優しくて、華麗で、こんな狭い世界にいていい人間じゃない。きっと誰か素敵な人と恋をして、いつか私たちの前からいなくなってしまう。

そんな想像が容易に出来てしまうほど、私はハルカをずっと雲の上の存在のように思っていたんだ。


『ねえ、シュン、じゃあ、忘れないっていう約束が欲しいよ、わたし』


はあ? と呆れたシュンは、やれやれとうざそうに私をみる。至って真剣に言ってるのにな。


『はいはい、ハルカが本当にいなくなったらね』
『もう、シュン、適当に言ってるでしょ!』
『べつにそんなことないって』
『シュンのバカ、私真剣に悩んでるのに!』


うそつき。でも、わたしは、真剣だもんね。

シュン、きみだけはどうか、私をおいていかないでね。



『じゃあハルカがいなくなったら、桜をハルカだと思うことにすれば』



突然風が吹いた直後。拗ねた私に、シュンがやれやれとそう言った。

桜はトクベツな花だ。私たちが出会った時にはいつもすぐそばにいて、それでいて────ハルカのいちばん好きな花だった。

だから、シュンのその提案があまりにも名案で、私の機嫌なんてすぐに直ってしまう。シュン、きみは昔から、私の扱いがうまかったね。


『シュン、大好き』
『うわ、うざい』
『なんでそんなこと言うの!』
『もーいいから、写真撮らせて』


戯れる私たちを横目に春風が髪をさらっていく。心地いい気温と春のにおい。小鳥の囀りもどこからかやってきた綿毛も地面に落ちた桜の花びらでさえ全てが綺麗に見える。


1年後、本当にハルカがいなくなって、私たちはこの場所で毎年桜を川に流すことになるなんて、この時はまだ予想もしていなかったけれど。