『お互い第一希望が通ってよかったねー、ナツノ』


中学1年春。小学生の頃から水泳を習っていたわたしは、迷わず水泳部に入ることを決めていた。それを真似したのが、大親友のハルカ。

わたしたちふたりは、どちらも第一希望の水泳部に入部が決まった。(人数が多いうちの中学は、各部活に均等に人数が配分される様に、第3希望まで申請してから先生たちが適性を見てどこになるか決まるんだ)

ハルカは私と違って友達も多いし、何より勉強も運動も人並み以上にこなす、誰もが認める才色兼備だった。だから別に、わざわざ私と同じ部活を選ばなくたってよかったのにね。

でも、本当は、すごく嬉しかった。


『ハルカは別に水泳部じゃなくてもよかったのに』
『えー、なんでそんなこと言うのよう』
『私は嬉しいけどさ、なんでわざわざ同じにするのかなって』
『そんなの、ナツノと同じがいいからに決まってるでしょー?』


そう言ったハルカの笑顔は信じられないほど眩しかった。まるで太陽の下に咲く向日葵みたい。

いつもわざわざ私とシュンのところへやってくるハルカだけれど、いつか違うところへ行ってしまうんじゃないかって怖かったから。ハルカが私と同じ部活を選んでくれたこと、その理由が私だったこと、全部すごく嬉しくて、一種の誇りだった。



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『ねえ、ふたりは恋ってしたことある?』


中学校に入学してから1ヶ月ぐらい経った時だと思う。部活が決まって、準備期間が過ぎて、そろそろ入部1日目がやってくる時期。

いつものようにシュンとハルカ、3人で帰っていた時。珍しくハルカが『公園寄らない?』と誘いを持ちかけてきたので、私たちはアイスを買って近くの公園に立ち寄った。ハルカとわたしはミルクソーダ味、シュンは見かけによらずストロベリー。かわいいとこあるよね。

下校中の買い食いは本当はだめなんだけど、許してほしい。わたしたち3人、誰かがこうして公園に2人を誘うのは、決まって悩みや相談がある時だけなんだ。


『え、ハルカ、好きな人できたの?』


恋をしたことがあるか、と。ハルカの口からそんな言葉が出るなんて驚いた。今考えればそれもどうかと思うけれど、わたしたち3人のなかで、恋バナ、と呼ばれるものをしたことがなかった。というか、3人ともそういったものに疎かったのだと思う。


『チガウチガウ、わたしじゃなくて!』
『えー?! 絶対ウソ! 彼氏できたとか?! どう思う? シュン!』
『別に、ハルカモテるし、普通なんじゃない』
『確かに、今までそんなことがなかったことのがおかしいかー』
『だから、チガウってばー!』


じゃあなんでそんなことを聞くんだ、ハルカ。
顔を赤らめたハルカは、私たち2人を宥める。


『告白されたの、2つ上の先輩に……』


ええ、とどよめく。2つ上の先輩。しかも名前を聞けば、学内でイケメンだと騒がれている人気の先輩だ。それも、確かサッカー部のキャプテン。

今考えれば中学3年生なんて大したことないのだけれど、中学1年の私たちにとって、それはひどく大人に見えたものだ。

やっぱり、ハルカってモテるんだなあ。

小学生の頃はまだ周りもみんな幼くて、そこまで色恋をしているわけじゃなかったと思うけれど。中学生になった途端、ハルカの人気は更に上がった。

それもそうだ。真っ黒でツヤのあるロングストレート。綺麗に切り揃えられたぱっつんの前髪は、睫毛が長くてくりっとしたハルカの瞳によく似合っている。顔が小さくて手足が長いハルカのスタイルの良さは、みんなが同じセーラー服を着るようになって更に目立つようになった。

今までだってハルカが異性に好意を持たれることなんて何度もあったけれど、こうしてきちんと告白をされたことは少数だったと思う。しかもそれがなんだか大人に見える年上だと思うと、少し寂しさを感じた。だって、ハルカがもし誰かと付き合うなんてことになったら、こうして3人でいる時間も減ってしまうし。

そもそも、付き合う、とか、未知のことだ。少女漫画や、ドラマや、小説の中でしか起こらないんじゃないかと思っていた。誰かが誰かを好きだとか、そういった類の話は噂レベルで回ってくることはあったけれど、どこか上の空で他人事。自分には関係ないと思っていた。


『ハルカはその人のこと好きなの?』
『まさか! そんなわけないよ』
『えー、じゃあどうするの!』
『……シュンと、ナツノは、どう思うかなって』


どう思うって、何が?

公園のベンチに座ってぶらぶらと足を揺らす。学校帰りの小学生たちが走り回っている。鬼ごっこかな。数ヶ月前まで私たちもあの子たちと同じだったと思うと、なんだかやるせない。

人の気持ちに無頓着すぎて、ハルカがどうして私たちにそんな話をするのかわからなかった。それに、その時はまだ、恋愛というものが自分には程遠過ぎて、実感や共感がなかったんだと思う。


『好きじゃないなら、断るべきだと思うけど』
『……シュンはそう思う?』
『うん、そりゃ、そうでしょ』
『ナツノは?』
『わたしもシュンと同じかなー。それに、ハルカに彼氏ができたらちょっと寂しいし。ね、シュン』
『まあ、そうかもね』
『そっか』


うん、そうだね、とハルカが納得する。その表情は柔らかい。少し悩んだ顔をしてても、綺麗だなと思う。

わたしも、好きじゃないのに付き合う選択をするべきじゃないと思う。というか、好きだから付き合う、のだと思っていた。だから、ハルカがどうして迷っているのかわからなくて。

でも、なんとなく、その時思ったことがある。

ハルカは告白された先輩との関係を迷っているんじゃない。その事実をわたしたちに伝えて、反応を知りたかったのかもしれない。─────主に、シュンの。


シュンに断るべきだと言われた時、ハルカは心なしか嬉しそうな顔をしていた気がする。オレンジの夕焼けに照らされたからか、ふたりが会話しているのをその時横でじっと見ていた。私が”恋愛”について考えたのは、この時がほとんど初めてのことだったと思う。

シュンやハルカに好きな人、又は彼氏彼女なんていうものができたら、わたしはどうするんだろう。