何分そうしていたんだろう。

意思とは反対に溢れてくるそれを止めることができず、ただ横にいてくれるスミくんに甘えてその場に止まった。何か言葉を添えることも、震える肩を抱くこともない。

人が集まる川沿いから離れた住宅街。該当も少ない道を、とにかくゆっくり歩く。一歩一歩、踏みしめるように、けれど確実に前には進んでいて。


「……ごめ、ん、」
「うん?」
「ごめん、なさい、関係ないのに、」
「謝る必要ない、何も言わなくていいから」


何に対してのごめん、なのかわからない。ハルカがいなくなった時でさえ泣かなかったのに、どうしてこんな、ただの帰り道で涙が出るのかわからなかった。

ただ、苦しい。息が詰まって、吐くのがつらい。目頭が熱くて、どうしようもない。


「ひゃ、っ」


滲んだ視界のせいか、慣れない下駄のせいか、小石に躓いて派手に転んでしまった。一瞬のことで、目がチカチカする。少し前を歩いていたスミくんは驚いて振り返って、すぐにしゃがんで私の手を取った。


「ちょ、大丈夫か?! 怪我した?」
「だ、大丈夫、、」


大丈夫、と言ったものの。
よく見れば下駄の鼻緒が切れてしまっていた。


「どこが大丈夫なんだよ……」


派手に転んだせいで手のひらと膝は擦りむけていて、足の指は靴擦れで赤くなっている。せっかく大人っぽい白地の浴衣を選んだのに、それが仇となって土まみれになってしまった。最悪だ、今日は本当についてないのかも。


「大丈夫、だから」
「ごめん、足痛めてるの気付かなくて。走らせたし、本当ごめん」
「なんでスミくんが謝るの……」


自分が転んだわけじゃないのに。

同じ目線で、まるで自分が痛みを負ったような顔をして、私の浴衣についた土を払う。ハンカチも絆創膏も持ってないし、本当ごめんな、と言う。

だから、やめてよ。

こんな私に、なんで優しくするの。それに、スミくんが謝る必要なんてどこにもない。これ以上スミくんに優しくされたくない。


「……やめてよ、大丈夫だから、謝らないで」
「うん、でも、ごめん、俺が手引いてればよかった」


そういう問題じゃないよ。なんで自分のせいにするの。


「……もう、1人で帰れる。スミくんは先に帰って」
「こんなに派手に転んでおいて? 下駄も壊れてるのに」
「裸足で帰るもん、もう構わないで」
「なんでそう意地っ張りかな」
「意地っ張りとかじゃない……」


やさしさが怖いんだよ。これ以上スミくんと一緒にいるのが、わたし、こわいんだよ。


「意地張るのはいいけど、怪我してるのに置いていけるわけないだろ。俺の家すぐそこだから、乗って」


スミくんがしゃがんだ状態で背中を向ける。乗って、は、スミくんの背中に、ということだろう。鼻緒が切れてしまった下駄のせいということは、わかるけど。


「いい、大丈夫、」
「なにが大丈夫なんだよ、もーいいから、はやく」
「スミくんにそこまでしてもらう義理ないもん」
「怪我の手当てしたらすぐ帰すよ」
「だから、いい、」
「もーうるさい、早く」
「いいってば、だったら、あの先輩のとこ戻る、」
「だから、バカなこと言うな!」


怒鳴ったスミくんはハッとして、目を逸らしながら「……ごめん、言い方キツかった」と謝った。

初めて聞いた。スミくんのこんな声。

わたしは唇を結んで涙が溢れるのをまた堪える。なんで、自分はこんなに情けないんだろう。何も学んでない。ずっと同じだ。スミくんのやさしさがこわいのは、彼のやさしさに触れて、自分の気持ちが揺れ動いているのがわかってるからなのに。

素直になれなくて、意地っ張りで、自分で自分のことがわからなくて、ごめん。ごめんなさい。スミくん、あなたを、傷つけたいわけじゃないのに。

歩けない私に、乗って、とまた一言だけ言って背中を見せる。

わたしは涙を拭いながら、歩けないから、仕方ないんだもんね、と自分に言い訳を作って、スミくんの背中に身を預けた。